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2026年3月20日 エレミヤ12章

  • hccnichigo
  • 1 日前
  • 読了時間: 4分

「「主よ。私があなたと論じても、あなたのほうが正しいのです。それでも、私はさばきについてあなたにお聞きしたいのです。なぜ、悪者の道が栄え、裏切りを働く者がみな安らかなのですか。あなたが彼らを植え、彼らは根を張り、伸びで実を結びました。あなたは、彼らの口には近いのですが、彼らの心の奥からは遠く離れておられます。主よ。あなたは私を知り、私を見て、あなたに対する私の心を試されます。どうか彼らを、屠られる羊のように引きずり出し、殺戮の日にのために取り分けてください。いつまで、この地は喪に服し、すべての畑の青草は枯れているのでしょうか。そこに住む者たちの悪のために、家畜も鳥も取り去られています。人々は『神はわれわれの最期を見ない』と言っています。」


「あなたは徒歩の者と競争して疲れるのに、どうして馬と走り競うことができるだろうか。平穏な地で安心して過ごしているのに、どうしてヨルダンの密林で過ごせるだろうか。あなたの兄弟や、父の家の者さえ、彼らさえ、あなたを裏切り、彼らでさえ、あなたのうしろから大声で叫ぶ。だから彼らがあなたに親切そうに語りかけても、彼らを信じてはならない。わたしは、わたしの家を捨て、わたしのゆずりの地を見放し、敵の手中に渡した。わたしのゆずりの民は、わたしにとって、一羽の班の猛禽なのか。それを猛禽どもが取り巻いているではないか。さあ、すべての野の獣を集めよ。それらを連れて来て、食べさえよ。多くの牧者が、わがぶどう畑を荒らし、わたしの地所を踏みつけて、わたしの慕う地所を恐怖の荒野にした。それは恐怖と化し、荒れ果てて、わたしに向かって嘆き悲しんでいる。全地は荒らされて、まことに、だれも心に留める者はいない。荒野にあるすべての裸の丘の上に、荒らす者が来た。主の剣が、地の果てから地の果てに至るまで食い尽くすので、すべての肉なる者には平安がない。小麦を蒔いても、茨を刈り取り、労苦しても無駄になる。あなたがたは、自分たちの収穫で恥を見る。主の燃える怒りによって。」(1-13抜粋)


 エレミヤは神から使命を受けた預言者として生きながら、人々から拒絶され、孤独と葛藤の中にいました。神のことばを幾度伝えても人々は聞こうとしません。それどころか、命さえ狙われる立場に追いやられていました。その悲しさ、苦しさのゆえに「なぜ悪者が栄えるのですか」とエレミヤは問いました。彼の神に対する疑念の祈りは不信仰だったのか、というとそうではありません。信仰は、疑問を持たないことではなく、その疑問を神以外に持っていくことだと言います。


 エレミヤの問いに神は、たとえを用いて答えられました。「あなたは徒歩の者と競争して疲れるのに、どうして馬と走り競うことができるだろうか。平穏な地で安心して過ごしているのに、どうしてヨルダンの密林で過ごせるだろうか」。


 神は、エレミヤを大いに悩ませている民を走者にたとえ、彼らについていくことができずにこれほど疲れているのなら、事態がさらに悪化し、この走者たちが馬になった時にはどうなるだろうか、と言われました。また、今は平安だが、敵がヨルダン川を越えてこの地に押し寄せてくる時、それは川床から溢れ出す大水のごとく、流れ出して止めることはできないと言われました。つまり神は、さらなる厳しい状況に備えて、エレミヤを準備されていたのです。


 私もエレミヤと同じく、疑念を抱くことがあります。しかし、そのような私に、神は今一度みことばを思い起こさせてくださいました。実はこの章を学んでいた時、「みことばを学ぶ会」ではヨブ記を学んでいました。ヨブは神が自慢されるほどの義人でしたが、全てを失うという状況に立った時初めて神に、「なぜですか」と問いました。神はヨブの問いにはお答えにならず、逆に詰問しました。


「わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。分かっているなら、告げてみよ。」(ヨブ38:4)


 このみことばは、間違った視点にいる私の首根っこを主の御手が掴み、正しい方向に戻してくださいます。正直な気持ちを神に告げ、正しい方向へと導き続けてくださる神に感謝いたします。


祈り:愛する天のお父さま。私の幼い祈りにさえ、耳を傾けてくださることをありがとうございます。いつも祈りの内容が多岐にわたってしまいますが、懲りずに聞いてくださり、ありがとうございます。主権は神にあります。それゆえ、これからも正直に祈っていきたいと思います。主イエス・キリストの御名によって感謝してお祈りいたします。アーメン

文:アイゾン直子


 
 
 

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