2026年2月3日 イザヤ書55章
- hccnichigo
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『恵みの契約』
この章は、一見、不思議な対比で始まっています。1節には、金を払わずに穀物を、代価を払わないでぶどう酒をと、全くただで飲み食いさせてあげると言うのです。それはすでにキリストが代価を支払われたから、お代は要りませんよということだと思います。しかしそれに対して2節は、食料にもならない、腹を満たすこともできない偶像礼拝を非難しています。腹の足しにもならない、偶像を礼拝して何をしているのか。創造主である、主のことばに聞き従い、わたしのところに来なさい、あなたがたを永遠の契約、恵みの契約を結ぶと宣言しています。
なぜイスラエルの民が、聖なる民であるのか、それは主がイスラエルを輝かせて、諸国の民の司令官としたからだと続きます。だからあなたがたは、主を求めよ、近くにおられるうちに、偶像に走るようなことをせず、創造主なる主を求めなさい。
日本人は、自然界のあらゆるものに神が宿ると、八百万の神、数えきれないほどのたくさんの神々を信じています。確かに森羅万象の自然崇拝は、日本人の心に根をおろしているようです。しかし、深く考えると、信仰の対象になっているのは、どれもこれも被造物であって、被造物を創造された唯一の神、創造の神がおられる事を多くの人が知らないのです。そうして、創造主である神は、拝んでいる被造物には、到底できないことをエゼキエル書36章26節で「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。」と恵みの契約を与えてくださる約束をされているのです。その代価は、創造主である、主を信じることだけなのです。主が聖なる神であることを知ることで、新しい霊が与えられる、それはお金を払わずに穀物やぶどう酒を飲み食いさせてあげることで、表されているわけです。ですから創造主である、主を求めなさいと語り続けています。「耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたと永遠の契約を結ぶ」とここに主からの恵みの契約が示されています。旧約聖書の旧約は、古い契約という意味です。ですから、新約聖書は新しい契約、将来に主イエスによって、はっきりとくださることになる、この恵みの契約をイザヤは指し示していると思うのです。
祈り
私も、主のみことばに渇いております、主を呼び求めております。どうか主のみことばが与えられて、主とともに生きることができますように、主のみことばが必ずこの地で成し遂げられることを信じます。アーメン
文:森 宗孝

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