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2026年1月26日 イザヤ書47章

hccnichigo
1月26日
読了時間: 3分

『バビロンの破滅』


 南ユダ王国はやがてバビロンによって滅ぼされる、これは神の鉄拳であることを、イザヤは預言していたわけですが、神が愛されるイスラエルをバビロン捕囚したことによって、バビロン自身も破滅するとこの47章では示しているのです。3〜4節に、イスラエルの聖なる方、万軍の主が、わたしは復讐する。だれ一人容赦しない。とバビロンに対して宣言しています。その理由は6節と10節に説明があります。それはバビロンがイスラエルをあわれまず、老人にも、ひどく重いくびきを負わせたからだ。と主は、事前に説明しています。そしてバビロンの破滅は、突然、瞬く間にやって来ると、破滅の方法をも示しています。バビロンは自分の悪を後悔することなく、私を見ている者はいないと高慢になったからだと宣言しています。


 バビロンは、まるで今の世でも、私だけは特別だ、自分自身の考え方で物事を判断しようとする、自分中心で自分勝手な生き方をする者、もしくは自分の国だけが大事とすることを表しているようにも、思うのです。この時のバビロンは、繁栄を凌駕していました。世界の七不思議と言われる、空中庭園を都に造り上げて、その空中庭園には、滝が流れ込んでいた庭園と言われています。大変な大都市で20メートルもある城壁に囲まれて、難攻不落の都市と考えられていたのです。


 イザヤはバビロン捕囚の時期より、150年ぐらい前の預言者でしたが、実際にバビロンに捕囚されて、バビロンで生活していたイスラエル人によって、実際に、この難攻不落の都市が一瞬にして破滅した様子が書かれているのです。それはダニエル書5章、バビロンの宮殿で大宴会が、ネブカドネツァルの王子である、ベルシャツァル副王によって千人の貴族の前で、エルサレム神殿から持ち出した金の器をもってぶどう酒を飲んでいた時に、突然人間の手が現れて、壁に書き始めて、それにひどくおびえて、ダニエルにその意味を解釈させた時のことです。ダニエルは、あなたの国(バビロン)は目方が足りないので、分割されて、メディアとペルシャに分け与えられると解釈しました。ダニエル書5章30〜31節「その夜、カルデア人の王ベルシャツァルは殺された。そして、メディア人ダレイオスが、およそ六十二歳でその国を受け継いだ。」実際にバビロンを攻め落としたのは、キュロスとその軍であったのです、キュロスの母はディアの王妃であってペルシャ王国に嫁いだので、メディアとペルシャに分けられるときっと書かれたのでしょう。そしてキュロス王とその息子が亡くなったあとに、ダレイオスが王位を受け継いだという歴史の展開があったのです。


 さて、なぜ異邦人である、キュロス王が、ユダヤ人のエルサレムへの帰還を赦し、エルサレム神殿の宝もすべて、エルサレムに戻すように決断したのか。その理由は不明です、そして不思議な話です、バビロン大帝国を倒して、一代にして広大な権力を握った、征服者のペルシャ人のキュロスがユダヤ人にそれほどまでに、憐れみをかけたのか。高原剛一郎先生は、それはキュロスがバビロンを1日で攻め落とした時に、ダニエルと出会って、ダニエルがイザヤ書を、キュロスに見せて、あなたの名が150年前に、すでに示されて、どのようにバビロンが陥落するかも書かれていると、説明したのではないかと推測されています。確かに自分の名前が、生まれる前から書かれていた事、バビロンの崩壊の預言が、ぴったりと一致していることを知って、ユダヤの神を恐れ、敬ったので、エルサレムへの帰還を赦したと考えるのは、聖書的であると自分も思うのです。聖書って、大変な歴史の書であります。


祈り

どうか、私たちも自己中心となり、バビロンのように自分勝手な人生を望みませんように、アブラハム、イサク、ヤコブの神は生きておられて、主イエスによって私たちを導き続けくださることに感謝いたします。アーメン

文: 森 宗孝

 
 
 

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