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2026年1月24日 イザヤ書45章

  • hccnichigo
  • 1月24日
  • 読了時間: 2分

 当時のイスラエルは、偶像礼拝をしてみたり背信の罪に生きていた。


 神様はそれでも忍耐強く、「わたしが主である」と5節から8節に渡り繰り返し言われる。言っても言ってもわからない民を見ていかに悲しまれたことだろう。


5節 「わたしが主である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる。」


6節 「それは、日の昇る方からも西からも、わたしのほかには、だれもいないことを、人々が知るためだ。わたしが主である。ほかにはいない。」


7節 「わたしは光を造り出し、闇を創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主、これらすべてを行う者。」


8節 「 天よ、上から滴らせよ。雲よ、義を降らせよ。地よ、開け。天地が救いを実らせるように。正義をともに芽生えさせよ。わたしは主。わたしがこれを創造した。」


 私も放浪している息子がいるので、神様の気持ちがわかる。母はここにいると言っても「いいや、知らない」と言われるのは悲しく辛いものである。幸いにも息子は既に洗礼を受けている。どうか神様の元に戻りますように。


 最近、無神論者や未信者の方々と交流する機会があり、それぞれ本物の神様をまだ知らない、または見分けられない。もどかしい。忍耐を持ってあなたのことを話していきます。それでいいのでしょうか。


祈り

愛する天の父なる神様、

唯一の真の神様、あなたを知っているものたちは幸いです。御子イエスの十字架により、罪 赦されたことを知った幸い。この喜びを多くの人に伝えたい。どうやってが、最大の課題です。教えて下さい。お話し下さい。何をするのにも関わっていて下さい。イエス様の御名により祈ります。アーメン

文: マッカーター 政子


 
 
 

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