top of page

2025年12月27日 イザヤ書17章

  • hccnichigo
  • 2025年12月27日
  • 読了時間: 2分

『主の御元に戻ろう』


 私たちは「アーメン」というアラム語を良く教会で言う。「アバ」父、という言葉も聖書の中にある。両方ともアラム語で、主なるイエス様もアラム語を話された。


 ダマスコは古代アラム王国の首都、そして現代シリアの首都のダマスカスである。


 17章では、ダマスコと、北イスラエル(エフライム)への裁きを予言する章で、ダマスコが廃墟となること、そしてアッシリアの進行によって両者の権威が失われることを告げ、最終的には神の民が残され、神の信頼の重要性を解いている。


イザヤ書17:1-7 SKY17

『ダマスコについての宣告。「見よ。ダマスコは取り去られて都でなくなり、瓦礫の山となる。アロエルの町々は捨てられて家畜の群れのものとなり、群れはそこに伏して、それを脅かす者はいなくなる。エフライムは要塞を失い、ダマスコは王国を失う。アラムの残った者はイスラエルの子らの栄光のようになる。──万軍の主のことば。 その日、ヤコブの栄光は衰え、その肥えた肉は痩せ細る。刈り入れ人が立ち穂を集めて、その腕に穂を刈り入れるときのようになる。レファイムの谷で落ち穂を拾うときのように。オリーブを打ち落とすときのように、取り残しの実が中に残される。こずえには二つ三つの熟れた実が、実りの多い枝には四つ五つが残される。──イスラエルの神、主のことば。」 その日、人は自分を造った方に目を留め、その目はイスラエルの聖なる方を見る。』


 キャンドルライト・サービスで、私たちを造られた神様だけが、私たち一人一人の本当の価値をわかっている、と教えられた。誰がなんと言おうと、その創造主が、「私の目にあなたは高価で尊い。私の最高傑作品」だと言って下さる。


アバ父よ、

弱いこの者を「価値ある者」と言って頂き感謝します。父を忘れそうになる時もあるのに、いつも御側に引き寄せて下さりありがとうございます。いつも父の御元に戻れるよう日々導いて下さい。主イエス・キリストの名により祈ります。アーメン

文: マッカーター政子



 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年2月14日 イザヤ書66章

日本での生活が始まってから、今もどこか落ち着かない気持ちでいます。教会はまだ見つからず、思っていたように日曜日にオンライン礼拝をすることもできておらず、日曜日も平日と変わらないように過ぎていることがあります。祈れない日も聖書を開けない日もあります。 そんな自分を見て、「私は信仰から遠ざかっているのではないか」と感じてしまいます。  それでも、不思議なことに、そんな日々の中で、こうしてディボーション

 
 
 
2026年2月13日 イザヤ書65章

この章は大きく3つの焦点に分かれる。 1. 偶像礼拝など神に対する背きと責め 2. 神に従う者への救い 3. 新天新地の希望  ここで心に留まったのが最後の節である。 「狼と子羊はともに草をはみ、獅子は牛のように藁を食べ、蛇はちりを食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼすこともない。──主は言われる。」25節  捕食関係が消滅して、敵同士が仲間となる様子である。  

 
 
 
2026年2月12日 イザヤ書64章

『イザヤの主への祈り』 「しかし、今、主よ、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの御手のわざです。」8節 「主よ、どうか激しく怒らないでください。いつまでも、咎を覚えていないでください。どうか今、私たちがみな、あなたの民であることに目を留めてください。」9節  イザヤは、イスラエルの民は、汚れた者、その義はみな不潔な衣のように枯れ、咎は風のように

 
 
 

コメント


bottom of page