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2025年11月8日 箴言29章

  • hccnichigo
  • 2025年11月8日
  • 読了時間: 2分

 この箴言29章を読むとき、私は「感情をどう扱うか」ということを考えさせられます。


「愚かな者は感情のすべてをぶちまけ、知恵のある人はそれを内に収める。」(11)

 

 私は、思ったことを素直に言葉にしてしまうところがあります。悪気があるわけではなく、ただ正直に感じたことを伝えたいだけなのですが、その言葉が思わぬ誤解を生んでしまうことがあります。

 一方で、怒りや悲しみのような強い感情が湧くと、言葉にすることができず、心の中にしまい込んでしまい、それが積もると、態度や表情に出てしまうことがあります。


 あるとき、母の介護の中で疲れや焦りが重なり、思い通りに進まないことが続きました。心の中では「どうしてわかってもらえないんだろう」という思いが何度も浮かびましたが、その気持ちを言葉にできず、黙って片付けを続けていました。

 その夜、ディボーションを書こうと思い、その箇所が29章で、この11節の言葉が心に響きました。


「知恵のある人はそれを内に収める。」 この“収める”という言葉は、ただ我慢することではなく、神さまの前に自分の感情を差し出すという意味なのだと感じました。

 私は、「神さま、この心をあなたに委ねます」と祈ってみました。すると、張りつめていた心が少しずつやわらいでいくのを感じました。


 知恵とは、感情を押し殺すことではなく、その感情を主のもとに持っていくことなのだと気づかせてもらいました。怒りも悲しみも主の前に差し出すとき、聖霊が心を整え、正しい方向に導いてくださるのです。


 ある日の礼拝メッセージのなかで、「自分の力ではなく、聖霊に頼り、御言葉に耳を傾け、へりくだって従うこと」と語られましたが、これこそが本当の知恵の道なのだと思いました。感情をどう扱えばよいのか分からない時こそ、御言葉を通して「主は今、何を語られているのだろう」と耳を傾け、聖霊の導きを求めたいと思います。


愛する天のお父さま

 私は思ったことを素直に言葉にしてしまうことがあります。けれど怒りや悲しみが心にあるときは、うまく言葉にできず、黙りこんでしまうこともあります。 どうか聖霊さま、私の心を静め、感情をあなたにゆだね、 御言葉によって平安と知恵を与えてください。

 感情に流されず、主の導きを見上げて歩む者とならせてください。


 イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


 
 
 

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