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2023年2月28日 ディボーション

オバデヤ書 1章


「主のしもべ オバデヤー」


 エドムの滅亡と主の日

 先週イスラエル旅行から戻って来て、サンフランシスコの次女宅にいるのですが、旅行最後の日に、鼻風邪をひいたとと思っていました。念のために自宅検査したら陽性、ワクチンを打っていたので軽症で済んだのかもしれません。

 一部屋に隔離されていたので、眠たい時に寝て、本を読み、映画を観ているうちに、昼と夜が逆転してしまいました。ある日、寝過ぎで夜だと思って目が覚めると、家の中は静まり返り、子ども達の声も無く、女房も居ません。電気も停電していました。誰も居ない家を見て、その時にふと、本物のクリスチャンたちが皆、天に引き上げられる、携挙が起こって、自分だけこの世に残されたのかなぁ、主の日が来たのだろうかと心配しているうちに、夕方で寝ている自分を残して出かけた、娘夫婦も子ども達も戻って来ました。未だセーフでした!


 さて、たった一章だけの短いオバデヤ書には、神の民に敵対する者への審判と召された者の権利の回復と希望が、エドムへの審判とユダヤへの希望という形で描かれています。エドム人とは、創世記イサクの双子の息子エサウの子孫です。エドムとは赤毛という意味です、これは先祖のイサクの長男で狩人の赤毛のエサウからの子孫なのでそう名付けられたのでしょう。しかも赤毛だっただけではなく、聖書にはさらに、エサウは長子の権利を赤いシチューのためにヤコブに譲ったとあります。

 これに対してユダヤ人の祖先は弟のヤコブですからエドム人とユダヤ人はもとは双子の兄弟、子孫のエドム人とユダヤ人とは親戚関係にあたるのです。しかし兄弟のエルサレムがバビロンに攻められた時、紀元前587年バビロン王ネブカデネザルによってエルサレムが滅び去れ、北のバビロンに多くのユダヤ人が捕虜として連れてゆかれました。親戚であるエドム人がそれを笑い、喜んだ。しかも火事泥棒のように逃げようとする子女を捕まえて殺したり、残忍な事をしたのです。このエルサレム滅亡よりももっと以前、あの出エジプトでモーゼが荒野をユダヤの民を率いていてエドムの土地を通らせて下さいと頼んだ時もエドム人は断りました。エドム人の先祖エサウの生い立ちにも示されています。

 創世記25章23節「すると主は彼女に言われた。二つの国があなたの胎内にあり、二つの国民があなたから分かれ出る。一つの国民は、もう一つの国民より強く、兄が弟に仕える。」エドムはその傲慢のためにオバデアの預言通りやがて滅亡してゆきます、歴史では紀元前130年から100年の間に ユダ・マカバイオスによってエドム人は滅ぼされ、エサウの家には生き残る者が居なくなるという預言が成就するのですが、その間、自分の郷里を追われたエドム人は、やがてエドマヤ人とも呼ばれるようになりました、我々が良く知っている、バプテスマのヨハネを処刑したヘロデ領主も父親のヘロデ大王も、実にエサオの血筋であるこのエドマヤ人なのです。


 肝心な事は、エドムへの審判を通じて、この審判は、神に選ばれた民に敵対するすべての国に対する預言でもあるのです。

 15節「なぜなら、主の日が、すべての国々に近づいているからだ。おまえは、自分がしたように、自分にもされる。おまえの報いは、おまえの頭上に返る。」


 現在の中近東にありますイスラエル、その中では一握りの残された者以外は、主イエスを信じておりません。しかし、神の民のイスラエル民族、ユダヤ人が主イエスにすがる時が来ると聖書は語ります。この時代に携挙もあり、主の再臨があり、主の日が来るのです。そうして、やがて患難時代からイスラエルを囲んだ大戦争が起こり、白い馬に乗ったイエスが現れて、主の民を救うことになります。


 黙示録を学んでいた時に、なぜわざわざ主イエスの再臨があってさらに千年王国が来て、それから新天新地になって行くのか? つまり、なぜすぐに再臨から新天新地に行かない理由は何だろうと思っていましたが、この千年王国の時に、アブラハム契約の実現、カナンの地(今の地形とは異なるようです)が12部族に与えられる、神の契約が成就する為だと思うのです。

 ヤコブの家は自分の領地を所有するようになるとあります。21節「救う者たちは、エサウの山をさばくため、シオンの山に上る。こうして、王国は主のものになる。」実際に起こった歴史的事実を示しているとも言えますが、これから起ころうとしている預言の言葉とも受け取れます。そう考えると確かに神に選ばれた民はユダヤ人ですが、私達も主イエスによって神の子として下さいました。主の日には、クリスチャンを迫害した者たち、悔い改めをしない者たちに対して、主は「おまえが、自分でしたように、自分もされる」とオバデヤを通じてすべての国々に伝えているのです。 オバデヤとは主のしもべで主のみことばを取り次いでくれました。


祈り

 天にまします父なる神、主の日が迫ってきているのですね。どうか私たちが毎日 3食の食事を食するように、頂いた聖書のみことばを噛み締めて、霊の栄養として成長する事が出来ますように、私たちを導き下さい。携挙の時に居残りになりません様に、主イエスの名によって祈ります。 アーメン


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