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2023年4月28日 マラキ書3章

 マラキ書3章は、預言者マラキの伝えようとした神の御心、「見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。」そして、「あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿にくる。」(3:1) から始まります。これはまさしくバプテスマのヨハネと主イエスキリストのことです。それは神のユダの人たち、そして後世の私たちへの神の御心、私はあなたがたにセカンドチャンスを与えますと言う神の御心だと思います。


 マラキ書1章と2章には、当時のユダの民に対する神の裁きのことばが書かれています。預言者マラキの時代は、ユダの民が、神は自分たちのことなど、もう愛していないのではないかなという疑問に心悩まされていた頃でした。人々は自分たちの不幸にばかり焦点を置いて、自分たちの神の道から離れた罪深い行動が原因だということを受け入れようとはしませんでした。それで神は、マラキを通して、ユダの民に指をさして、その昔約束した神との契約を守っていないのは、果たしてお前たちだと言われました。


 そんなユダの民でも、神は彼らを裁いて滅ぼしてしまおうとはされませんでした。むしろ、神は変わることなく、「私はあなたがたを愛している」(1:1)と言われたように、ユダの民を金や銀のように精錬され、きよめられ、純粋にされて、ユダの民がご自分のもとに帰ってくることを、そしてご自身も民のもとに帰ることを切に望んでおられたのです。即ちセカンドチャンスの約束です。


 それが3章の最初にあるマラキのユダの民に伝えた主の御心(3:1)でした。


 そして、7節以降において、そのためにはユダの民は何をどうすべきかと言う神の勧めを明確に示されました。


 その勧めとは、まず礼拝を忠実に守る事。そのためには、「十分の一と奉納物」を忠実に捧げることでした。当時のユダの民は貧困のため苦難の中に生活していたようです。従ってその少ない自分の富の中からでも十分の一を捧げることは非常に困難なことだったと思えます。しかしそんな中でも十分の一を捧げることは民の神への忠実さを示したのです。


 次に、神はただ単に一方的に「十分の一と奉納物」を求めておられたのではありません。そうすることによって、どれだけ溢れるばかりの祝福が注がれるかを試してみなさい、そうすれば他の国民もあなたがたのことを「幸せ者」と言うようになるからだと言われました。しかしこの勧めはユダの民にとってご利益を獲得するためにこの勧めを守りなさいと教えているのではありません。主の民として選ばれたものの守るべき従来からの礼拝を守るようにと言うことでした。この勧めを守る事は決してご利益宗教ではないことを教えておられるのです。


 それでも、ユダの民は言いました、結局神を信じて、その戒めを守っても何の御利益もないのだからと、そして「悪いことを行っても栄え、神を試みても罰は免れる」(3:15)のだからと。


 しかしすぐその後で聖書は語っています。主に御利益を求めることなく、主を恐れ、主の御名を呼ぶ人たちが互いに語り合っていることを主は聞かれ、彼らのことを大いに喜ばれ、「わたしが事を行う日に、わたしの宝となり」(3:17)、私は彼らをあわれむと言われました。そして更に正しい人と神に仕える者への神からの祝福と恵が見えるようになると言われました。


 愛する天のお父さま、マラキ書は旧約聖書から新約聖書のバプテスマのヨハネ、更にイエス様へと、非常に意味深い継続性を示す、素晴らしい書であることを見せて下さって感謝です。あなたは、変わることなく、いつも私たちを愛していてくださいます。私たちがどんな失敗をしても、罪を犯しても、その度に私たちを精錬し、きよめ、純粋にして、私たちにセカンドチャンスを与えていてくださることを感謝いたします。「すべての国民は、あなたがたをしあわせ者と言うようになる」(3:12)とのみことばが私たちの内に実現しますように。主イエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン。


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