top of page

2021年1月23日ディボーション

  • hccnichigo
  • 2021年1月23日
  • 読了時間: 2分

Ⅱ列王記10章


『10章に長居はしなくて良いですよ』


●学んだこと


「私と一緒にきて、主に対する私の熱心さをみなさい」16節

 10章では、イスラエルのエフー王がバアル信仰を撲滅するため、本人曰く「熱心」に、女も子どもも一人残らず殺すという血生臭い宗教革命を行なっていた。

 私は、猟奇殺人じみた行為に”熱心”という言葉を使うこと自体がわからない。エフーは主のみことばに、自分の肉の熱心さまで加えてしまったのかとも想ってみたが、なんだかエフーという登場人物に興味が持てない。

 バアルの神殿を打ち壊して便所にしてしまうとは、なんて下品な王だと感じてしまうのだ。挙げ句、自分は金の子牛の偶像礼拝をやめなかった。は~~~???

 主に熱心に従いつつも、真逆の裏切りをしている自分自身を黙想してみようかな、とも想うのだが、10章の殺戮を読んだ後ではげんなりするばかりだ。


 By the way、

「そのころ、主はイスラエルを少しずつ削り始めておられた。」32節

 神さまはすでに、別の計画に進んでおられる。いよいよイスラエルが終わりの時を迎えるのだ。だから10章には長居をしなくて良いよ、というサインだと受け取ることにした。


 折に触れて霊的同伴をしてくれるチャーチの先輩が何年か前、「強い刺激のデボーションではなく、優しく平安に導いてくれるデボーションがしたい時、カウマン夫人の『潤った園のように』もお勧めよ」と教えてくれた。久しぶりにあの本を開いてみよう。


●祈り


 愛する天のお父さま、王国の滅亡の下り坂はけっこうキツいです。けれどそのご計画の全てが新約で成就していくのだと気づく時、神さまの計り知れない、人知を超えた御技を想います。

 また、大いなる神さまに安心を覚えます。あとはお任せします! と、幼子のようにダイブできますよう、私を清めてください。聴いてくださってありがとうございます。

 イエスさまの御名で感謝して祈ります。アーメン

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年3月11日 エレミヤ書3章

この章には、悲痛とも言える父なる神の嘆きが記されている。神とイスラエルの民との関係を夫婦の関係として描いている。 「もし、人が自分の妻を去らせ、彼女が彼のもとを去って、他の男のものになったら、この人は再び先の妻のもとに戻れるだろうか」(1) 「彼女は、自分の淫行を軽く見て、地を汚し、石や木と姦通した。」(9)  民の偶像礼拝を、夫婦間における姦淫の罪として描いているのだ。しかし、これはただの譬えで

 
 
 
2026年3月10日 エレミア書2章

『どうして悪いぶどうに変わったのか』  昔、娘たちが育ったワシントン州のシアトル郊外の町に住んでいた頃は、森に囲まれていて、夏場になるとブラックベリーが、至る所で雑草のように増えて、散歩の合間にブラックベリーを摘んでいたので、ハワイでお金を払って買う気にどうしてもなれないほどブラックベリーがただで食べていたことを思い出しました。そして隣の家では、家庭菜園でぶどうとラズベリーを育てていました。しかし

 
 
 
2026年3月9日 エレミア書1章

『まだ若いと言うな』  預言者エレミアの時代は、ユダ王ヨシアの時代で、およそ紀元前626年頃に召命を受け、その後、神殿から律法の書が発見されて、ヨシア王の宗教改革が起こるわけですが、この時すでに北王国イスラエルはアッシリアに捕囚されてました。そしてエレミアは南王国ユダの捕囚前に預言者となり、さらに約40年後には、生きてバビロン捕囚を体験した、滅びてゆく民と共に悩み苦しみながら、涙ながらのとりなしを

 
 
 

コメント


bottom of page