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2026年7月6日 ヨハネの手紙第三1章

  • hccnichigo
  • 7月6日
  • 読了時間: 2分

『真理に歩む』


 この世には、色々な形の真理があると思います。私たちの住む地球がどのようにして、大気で守られ、水によって生命を得ているかを示す科学的な真理もありますし、そこで生きる人間の構造をDNAで分析する真理もあります。しかし、ここで愛弟子であったヨハネにとっての真理とは、単なる正しい教えではなく、主イエスによってえ現された神の真理を指しています。それは福音であり、キリスト自身であります。ヨハネの福音書14:6で、主イエス自身が語られたのは「わたしは道であり、真理であり、いのちです」とありますように、イエスが真理なのです。


 それで、真理に歩むというのは、主イエスを信じ歩むこと、主イエスの伝えられた福音に従うこと、主イエスの愛を実行することによって、イエスに歩むことになるわけです。私たちは、主イエスの霊である、聖霊を心に頂いていますので、キリストと生きた関係を持っています、ですから、共に歩むことができるようになりました。私たちは真理・主イエスのために支えて、喜びの中で働く同労者となったのです。


 この第三の手紙は、信徒であるガイオ宛てに書かれた手紙ですが、どの教会にガイオが属していたのかは、はっきりとは分かりません。そこにはデオテレペスという問題ある信徒もいて、自分が教会の頭となりたがっていて、使徒ヨハネの権威を拒み、教会の秩序を乱していました。そうかと思うとデメテリオという良き信徒も一緒にいました。 彼らの名前からすると典型的なギリシャ名なので、もしかしたらヨハネが晩年に牧会していたエペソ周辺の教会であった可能性は高いようです。パウロも経験しましたが、どの時代にも、教会には色々な信徒が集まりますので、ぶつかり合いが絶えなかったようです。たとえ、主イエスを土台としていても、建てる建物は、それぞれの人間の思いで建てられるので、本当に主イエスが喜ばれる姿なのかどうかを吟味する必要があるのです。


 残念なことに、この信徒同志のぶつかり合いに嫌気をさして教会から離れてしまう方も多いわけですが、信仰の炎を燃やし続けるには、例えば暖炉に薪を投げ込んで、次々に燃えるように、一人だけ、一本だけでは、炎は長続きしないのです。教会でデメテリオのように良い証しをして、主イエスと共に歩む者の姿を見て、そして彼の話しによって、私たちの信仰の炎も燃え続けることになるのです。


祈り

どうか、自分自身を主イエスの前に置くことになりませんように、主に従う者として、真理と共に歩むことを忘れませんように、私たちを導き下さい。 アーメン 

文: 森 宗孝


 
 
 

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