top of page

2026年7月11日 ダニエル書4章

  • hccnichigo
  • 15 時間前
  • 読了時間: 2分

 4章は、ネブカドネツァル王の高慢と、その回復が語られています。


 神さまは王に大きな権力と繁栄を与えてくださいました。しかし王は、そのすべてが神さまから与えられた恵みであることを忘れ、「この大バビロンは、王の家とするために、また私の威光を輝かすために、私が私の権力によって建てたものではないか。」(30)と、自分の力を誇りました。その結果、王は理性を失い、自分の無力さを知ることになります。


 この箇所を読みながら、高慢とは単に自分を人より偉いと思うことだけではなく、神さまからいただいている恵みを当たり前にし、その恵みの源である神さまを忘れてしまう心にも表れるのだと教えられました。


 振り返ると、神さまはこれまで何度も私の歩みを支え、必要なものを備え、道を開いてくださいました。今の生活も、家族も、働く場も、奉仕の機会も、自分の力だけで得たものではなく、神さまが備え、導いてくださった恵みです。


 それにもかかわらず、先が見えなくなると、その恵みを忘れ、不安に心を奪われてしまいます。そして、自分で答えを出そうとしたり、自分で状況をコントロールしようとしたりする自分がいます。しかし、そのような私に希望を与えてくれるのが、ネブカドネツァル王の回復です。


「その期間が終わったとき、私ネブカドネツァルは目を上げて天を見た。すると私に理性が戻ってきた。私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた。」(34)


 王が回復したのは、自分の力で立ち直ったのではなく、自分が人生の支配者ではなく、神さまこそがすべてを治めておられるお方だと認めた時でした。私も不安がなくなってから主を見上げるのではなく、不安を抱えたままでも主を見上げたいと思います。


 そして、32節に「いと高き方が人間の国を支配し...」とあリますが、この御言葉は、神さまが世界だけでなく、私の人生をも治めておられるという約束ではないかと思いました。


 私には未来が見えなくても、未来をご存じなのは主です。思い通りにならない出来事があっても、主のご計画は変わることがありません。だから今日も、自分で人生を握りしめるのではなく、これまで数え切れないほどの恵みを与え、今も変わらず導いてくださる主を見上げ、感謝しながら歩んでいきたいと思います。


 主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年7月10日 ダニエル書3章

ダニエル書が書かれた時代は、バビロニアが世界を治めていた。バビロニアへの捕囚が終わりに近い、540BCから530BC頃だと考えられている。  ダニエルと共にバビロンに捕囚された者たちは、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴである。この3人には、もともとはヘブライ語の名前があったのに、連行後バビロンで改名させられた名前である。しかもバビロニアの言葉を学ぶよう強要された。  大昔、日本もバビロンと同じよ

 
 
 
2026年7月9日 ダニエル書2章

『主によって、ネブカドネツアルの夢をときあかす力が与えられるダニエル』  ネブカドネツアルの夢は主のご計画されたものでした。私たちもよく夢をみます。その夢のときあかしをしてくれる人がいるといいなと思うことが何度かあります。ユーチューブを見ると霊媒師がよく夢のときあかしをしています。夢にも正夢、逆夢のふたとおりがあると言われているそうです。正夢とは見た夢が現実にそのようになること。そして、逆夢とは字

 
 
 
2026年7月8日 ダニエル書1章

ダニエルのエピソードは、とてもユニークなものですので、ありがたいことに私の記憶に留められていました。ヨナ書のヨナのように…後に出て来るエピソードも有りますが、この1章では ダニエル、ハナヌヤ、ミシャエル、アザレアの4人の少年は10日の間、野菜と水だけで過ごしたにも関わらず、顔色は他の少年よりも良く、からだも肥えていました。信仰深いダニエルは、正しく聖霊様のお恵みがあったのでしょう。  ところでダニ

 
 
 
bottom of page