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2026年7月10日 ダニエル書3章

hccnichigo
7月10日
読了時間: 2分

 ダニエル書が書かれた時代は、バビロニアが世界を治めていた。バビロニアへの捕囚が終わりに近い、540BCから530BC頃だと考えられている。


 ダニエルと共にバビロンに捕囚された者たちは、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴである。この3人には、もともとはヘブライ語の名前があったのに、連行後バビロンで改名させられた名前である。しかもバビロニアの言葉を学ぶよう強要された。


 大昔、日本もバビロンと同じようなことを他の民族に行った歴史がある。連行し、自分たちの言葉を話すように強要した。日本の黒歴史の1部であるが、ここにあえて書くのは、私がその人たちと接触し、交流したことがあるからである。その人達は、「あなたの爺さん、婆さんの頃で、もう昔のことは忘れたから」と寛大で赦すという姿勢を持つ人達であった。


 さて、この3章に戻ろう。当時バビロンはネブカドネザル王が統治しており、金の象を拝むように人々に命じた。しかし上記の3人は神様だけを礼拝した。


 王は自分の命令に、逆らったことに怒り、燃える炉にこの3人を投げ込んだ。だが、神様が守られたため、彼らは傷つくことがなかった。

この奇跡を見た王は、神様の力を認め、神様を讃えた。


 どんな困難の中でも、神様に忠実でいる人を、神様は支えてくださる、とこの章ではそれを教えている。


天の父なる神様、

 あなたに忠実でありたいです。どんな困難の中でもあなたを頼りにしたいです。実際には自分でなんとかしようと、もがいてしまう弱いものです。また踏み絵を踏めと言われれば、自分の命欲しさに踏んでしまうでしょう。どうか、全てをあなたにより頼む自分でいられるよう日々導いて下さい。尊い主イエス・キリストの名により祈ります。アーメン


          文: マッカーター政子



 
 
 

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