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2026年5月1日 哀歌2章

  • hccnichigo
  • 5月1日
  • 読了時間: 2分

「主は計画したことを行い、昔から命じていた自らのことばを成し遂げられた。滅ぼして、容赦せず、あなたのことで敵を喜ばせ、逆らう者の角を高く上げられた。彼らは主に向かって心の底から叫んだ。娘シオンの城壁よ、昼も夜も、川のように涙を流せ。自分に休みを与えるな。あなたの瞳を休ませてはならない。夜、見張りの始まりに、立って大声で叫べ。あなたの心を主の前に、水のように注ぎ出せ。あなたの幼子たちのいのちのために、主に向かって両手を上げよ。」


 読んでいて心が痛くなる章です。崩壊したエルサレムを目の当たりにしたエレミヤの悲しみは如何ほどであったかと思います。エルサレム、そしてイスラエルの民に主の容赦ないさばきが下ります。それはまさに、陶器師が陶器を砕くがごとくです。


 主キリスト・イエスが十字架に架かってくださるまでの時代、イスラエルの民が罪に陥った場合、神のさばきは直接彼らに下りました。神に逆らう民を前に、それでも、愛なる神は彼らに祈ることを赦されました。なぜなら、祈りだけが人間に残された道だからです。しかしここに、神の愛を感じずにはおれません。幾度となく、反抗する人間、何度でも罪を犯す人間に対し、神は常に悔い改めの祈りを求めてくださっているのです。神の怒りがさらに深刻になる前に、悔い改めなさい、主をまだ知らない人たちにも伝えなさい、と語られた気がしました。


祈り:愛する天のお父さま。何とかして家族をあなたの道に導きたいと願っています。どうか、その道を備えてください。一人でも多くの人たちが、あなたの救いに与り、御国へと導かれますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

文:アイゾン直子


 
 
 

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