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2026年4月26日 エレミヤ書49章

  • hccnichigo
  • 4月26日
  • 読了時間: 2分

 イザヤ書49章は長い章である。この49章では五つの国に対するさばきの預言が記されています。その五つとは、アンモン人、エドム、ダマスコ、ケダルとハツオル、エラムです


 アンモン人についてのさばきは、首都のラバはヤボク川の上流にあり、水に恵まれた豊かな町でした。民はその財宝に拠り頼んで傲慢になったために、主はこの国を紀元前605年にバビロニヤの手に渡されました。


 エドム人は、エソウの子孫にあたり、死海の南から「葦の海」と言われる紅海まで至る広い地域を領有していました。彼らも自分たちの住んでいる岩山にある難航不落の町を誇って高慢になったために滅ぼされました。


 ダマスコは、有名な王ベン・ハダドの宮殿などもある栄えた都市でしたが、バビロンの手に落ちました。栄えた都市に傲慢になったのでしょう。


 ケダルとハツオルは、彼らは遊牧民で城壁のある町を持ちませんでした。それゆえネブカドネツァル王は容易にこの国を占領したのです。これも城壁を持とうとしなかった傲慢から出たことだと思わされます。


 エラムについては、エラム人は弓で有名でしたが、彼らもその力と誇りに傲慢になったので主によって砕かれました。


 しかし、主は、終わりの日にこの五つの国民から救われる人が起こされることを約束されます。それは、48章で述べられたモアブに続いてアンモン、エラムと続きます。神がさばくと決定された民の中から残れる者に目を向けてくださる主の憐れみに心が動かされます。私たちクリスチャンもみんなが残れる者として傲慢を悔い改めて主だけに拠り頼んでいくことではないでしょうか。


 天の父なる神様。あなたの厳しいさばきの中にいても、どうぞ私たちを残れる者として引き上げていただけますようにお願いします。傲慢という罪があったら示して下さい。それを悔い改める道へと導いて下さい。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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