『ユダヤ教三大巡礼祭』
新年、明けましておめでとうございます。この一年もみことばに支えられ、平安の中、過ごすことができますように。今日のこのデボーションを読んでくださっているお一人、お一人の上に、主の豊かな恵みと祝福がありますように。
さて、私たちにとって今日は新年を祝う日ですが、ユダヤ人にとっては何ら特別な日ではありません。彼らの新年は秋、太陽暦でいう9月よりすでに始まっています。それはラッパの祭り(ロシュ・シャハナ)で始まり、贖罪の日(ヨム・キプール)そして仮庵の祭り(スコット)へと続きます(レビ23:24‐34)。
異邦人にとって新年は、新しい年への期待や希望の日ですが、ユダヤ人にとっての新年は、神の御前に悔い改めの時を過ごす時とされています。
聖書の神はモーセに七つの例祭(過越しの祭り、種なしパンの祭り、初穂の祭り、七週の祭り、ラッパの祭り、贖罪の日、仮庵の祭り)を守るよう命じました。これらはすべて出エジプトに関連した祭りですが、同時に、主が約束された永遠の救いについての予表でもありました。この章ではこれら七つのうち、三つの巡礼祭が取り上げられています。
一つ目は過越しの祭りについてです。この祭りはエジプトからの解放を祝う祭りです。イスラエルの民は今もこの祭りを祝っていますが、その起源は出エジプト12章にあります。またこの祭りは、イエス・キリストのエルサレム入場から十字架での死の予表にもなっています。過ぎ越しの祭りの翌日から種なしパンの祭りが始まりますが、これもまた当時エジプト脱出を待っていた民の姿を偲んでいます。パンを発酵させるだけの時間もないほどに、彼らは時が来たらすぐに出発しなければなりませんでした。パン種が入っていないパンを食べることは、当時の民の苦役を思い起こさせました。
二つ目は七週の祭りです。過ぎ越しの祭りの翌日からの七週間目、つまり五十日目がその日になります。この祭りは喜びの祭りです。息子や娘、男女の奴隷、町にいるレビ人、寄留者、孤児、そしてやもめと共に主の御前で収穫を喜び、楽しむように命じられています。またこの祭りは、主イエスが昇天されてから50日目となるペンテコステでの聖霊降臨による教会誕生の予表でもありました。
三つ目は仮庵の祭りです。この祭りは贖罪の日の五日後にやって来ます。これは荒野での生活は常に仮庵であったことを表しています。しかしこの祭りもまた喜びの祭りとして祝うよう命じられています。それは、民がエジプトから導き出されたこと、そして40年にわたる荒野での生活が守られたことを喜ぶ祭りです。この祭りはイエス再臨によって建てられる千年王国の予表だと言われています。
以上の祭りはユダヤ教の三大巡礼祭と呼ばれているものです。過ぎ越しの祭りと種なしパンの祭りの間は発酵したパンが町から消え、七週の祭りでは子供たちは花かごを作って遊び、夕食は肉を食べずにピザやキッシュ、パスタ、そしてケーキなどを食べるそうです。また仮庵の祭りの期間は「スカー」と呼ばれる小屋を作ってその中で過ごすそうです。子どもたちはこの期間限定の小屋に大はしゃぎするそうです。
新年を迎えるにあたり、イスラエルの新年の祭りであるラッパの祭り(ロシュ・シャハナ)を思います。その日、町には角笛(ショファール)の音が鳴り響きます。別名「さばきの日」とも呼ばれるその日、角笛の音はイスラエルの民に対して、神の御前に出る時が来たことを知らせます。私たちにとってこのラッパの音は、携挙の日となります(1コリ15:52、1テサ4:16)。
2024年を迎える今日、千年王国、そして新しい天と地への希望を持って、ラッパが鳴らされるその日に備えて日々主に忠実に歩みたいと思います。
祈り:愛する天のお父さま。昨年もいろいろな事がありましたが、主に守られ、こうして新年を迎える祝福に与っていますことを心から感謝いたします。2024年がどのような1年となるのか想像もつきませんが、すべては御手の中にあることを信じて、私はただ、与えられている働きに忠実に、毎日を過ごしていきたいと思います。主の栄光が全知にありますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
文:アイゾン直子
参照:ハーベストタイム「申命記」「旧約聖書の祭りとキリスト」、ミルトス出版社、ウエブマガジン「ISURAERU」、イスラエル親善大使館、ウィキペディア「ユダヤ歴」
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