top of page

2022年7月31日 ディボーション

  • hccnichigo
  • 2022年7月31日
  • 読了時間: 2分

エレミヤ書 5章

 

『主のさばきと憐れみ』


 エレミヤ書5章も4章に続いてイスラエルのさばきについて預言している。

さばかれる理由は、公正を行い、真実を求める者がいないということである。でも、神は、一人でも公正を行い、真実を求める者がいたら、エルサレムを赦そう、と言われているのに、彼らは、主は生きておられる、と偽りの誓いをするのである。そして、悔い改めようとしないで、偶像を神としたり、姦淫をする国に、神は激しい憤りで復讐すると宣言されておられるのだ。それでも、神は、再度、根絶やしにしてはならない、と語られている。


 だが、民は、主を否定するのである。12節、「主は何もしない。わざわいは私たちを襲わない。剣も飢饉も、私たちは見ない。」と。預言者たちは風になり、彼らのうちにみことばはない。彼らはそのようにされればよい。」 実に傲慢な神に逆らうことばでしょうか。このような傲慢きわまることばで反逆されて、神は復讐されないはずがないのである。この民は、目があっても見ることがなく、耳があっても聞くことがない、実に愚かな者である。これは、完全にサタンの餌食となっていたのだろうか、それとも、神の摂理の中にあったのだろうかと思わされるところである。

 それでも、神は、18節(一部抜粋)で、「わたしはあなたがたを滅ぼし尽くすことはない。」と述べられておられるのである。

 

赦そう、根絶やしにしてはならない、滅ぼし尽くすことはない」


 神は、ご自身が選ばれたイスラエルの民から裏切られても、これほどまでに彼らを憐れんでおられたのである。なぜなら、神は、イスラエルの民が悔い改め、神に立ち返ることを強く、強く望まれておられたのだ。そうでなければ、神は、1節(一部抜粋)で、「もしも、だれか公正を行う、真実を求める者を見つけたなら、わたしはエルサレムを赦そう。」とは言われなかっただろう。神の愛の憐れみを感ぜずにはおられない5章のみことばである。


祈り

愛する天の父なる神さま。あなたの御名をほめたたえます。

あなたの憐れみ深い愛を今日のみことばをとおして、触れさせて頂き、心に響かせて頂き心から感謝しています。イエスさまを知らない以前の私も、きっとイスラエルの民の一人で終わったことでしょう。今ある私は、すべてイエスさまの十字架の愛のおかげです。ありがとうございます。

クリスチャンである私達が、公正を行い、真実を求めることができますように日々歩ませて下さい。感謝し、お委ねして、主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年4月29日 エレミヤ書52章

長かったエレミヤ書もこれで最後の章となる。最後は、バビロン帝国による南ユダ王国の滅亡と捕囚の様子が記されている。  滅亡の都市はBC586年と言われているが、一度で滅亡したのではなく、段階的に削れられ、最終的な滅亡がこの年ということだ。捕囚も、一度で全員が連れて行かれたのではなく、段階的になされたようである。  28節から30節には、その年と人数の詳細が記されている。7年、18年、23年だから16

 
 
 
2026年4月28日 エレミヤ書51章

『バビロンの海を干上がらせる』 このバビロンは高い城壁に囲まれた難攻不落の古代では、世界最大要塞都市であったことが、ギリシャの歴史家ヘロドトスによって記されていて、バビロンの外周は、約90キロメートルにもおよぶと描かれて(バビロン遺跡発掘調査では、むしろ20キロメートルほどの大きな城壁の都市であった)、この城壁は二重構造で、青いレンガのイシュタル門(現存している)など、ともかく広大な都市であったこ

 
 
 
2026年4月27日 エレミヤ書50章

『バビロンへの裁き』  主が預言者エレミアを通じてバビロンへの裁きを預言しているのですが、この広大な古代都市バビロンは現代のイラク、主とのバクダットから南、およそ80kmのユーフラテス川のほとりにあって、先日TVでここの解説とバビロン遺跡が写されていたのも見たのです。驚いたことは、遺跡の周りにはアパートが建っていたりしている町なのですが、その中にぽっかりと空いた広大な野原というか、いくつもの丘があ

 
 
 

コメント


bottom of page