top of page

2022年11月25日 ディボーション

  • hccnichigo
  • 2022年11月25日
  • 読了時間: 2分

エゼキエル書 第37章


『干からびた骨の復活』


 エルサレムが堕落し、神殿も破壊され、多くのイスラエルの民が生きる希望を失い、絶望している中、主はイスラエルの民を回復させると言われます。干からびた骨がくっつき、筋ができて、肉をもち、そして生き返るという現在の医療ではあり得ない預言。


 4、5節抜粋「干からびた骨よ、主の言葉を聞け。神である主はこれらの骨にこう言う。見よ。わたしがおたまえたちに息を吹き入れるので、お前たちは生き返る。」


 主は、不可能なことを可能にしてくださる方。人の形が完成しても、主の霊の吹きかけがないと人はまだ生きるまでには至らない。


 神の言葉は生きている命です。そして、神の霊は干からびた骨に肉をくっつけさせ、命まで与えてくださるお方。そこまで私たちのことを愛してくださっているお方。私はそんな神のこと、をもっと深く知りたい、学んでいきたいと思う。


 日本の教会での高齢化、リバイバルが進まない中、主が乾いた骨のようなこの国に命を吹きかけ、キリストの栄光を輝かす時が来ることを祈ります。


 天の神様。今日の聖書箇所を感謝します。私があなたの右腕となり、一人でも多くの干からびた人々を救えるのであれば、どうぞ私をお使いください。あなたの偉大さ、あなたの御言葉を深く勉強できる時が楽しみです。一人でも多くの方に、あなたの福音が伝わりますように。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年5月30日 エゼキエル書18章

「わたしは、だれが死ぬのも喜ばない―神である主のことば―。だから立ち返って、生きよ。」(32)  エゼキエルが活躍したころ、イスラエルの人々は「父が酸いぶどうを食べると、子どもの歯が浮く」、つまり、「父親の罪のために子供が罰を受けている」(リビングバイブル)ということばを信じていた。しかし、神様は、子は父の咎について負い目がなく、父も子の咎について負い目がないと教えて下さる。公正と義を行い、神様の

 
 
 
2026年5月28日 エゼキエル書16章

エゼキエル16章はとても長い章である。ここではエルサレムの町が主の花嫁にたとえられています。今でも、教会は主の花嫁であることがメッセージの中で多々に語られています。  主は、生まれた時にだれも世話しなかった一人の娘をあわれみ、彼女の汚れを洗いきよめ、美しく育てあげ、契りを結んで花嫁とされたのに、彼女は主を忘れて他国の男性と姦淫を行ったのである。しかも、主はカナン人が住んでいた異郷の町を選んで、豊か

 
 
 
2026年5月27日 エゼキエル書15章

預言者の中で「ぶどうの木、ぶどう園」というには、イスラエルの民のことを指してます。  ぶどうの木は、実を結ばなければ、それ以外に何の役にも立ちません。幹は細いので、それで家具を造れるわけでもありません。実を結ばないぶどうの木は、薪くらいにしか使えません。  そのように実を結ばないイスラエルの民は、ぶどうの木のように火で焼かれる、つまり神の裁きによって滅びるという警告です。   「彼らがわたしの信頼

 
 
 

コメント


bottom of page