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2021年8月24日ディボーション

マタイの福音書20章


『同じようにしなさい。』


 イエス様には12人の弟子たちがいた。彼らはみな、育った環境、これまでの歩みも異なれば、前職もそれぞれ。性格も異なる人たちだ。

 では、どうして彼らはみな、イエス様の弟子となったのか?


 その共通点はただ一つ。イエス様に名前を呼ばれて、その弟子に任じられたからだ。イエス様が選んでくださったから。ただその一つでこのお方の弟子になったのだ。


 でも、イエス様の弟子になったのは、自分だけではない。それによって生じる難しい現実をこの20章17節以降には記されている。誰が一番弟子で、誰が二番弟子なのか?

 どこか横を見ては、他の人を意識してしまっている弟子たちやその母の姿がある。

 そうすると、本来は一致団結して同じ師匠の背中を追う弟子たちなのに、どこか競争相手に取って代わってしまう。

 そんな風にお互いを横目で見ていたら、全く不要な虚栄心や、一方では自信喪失、「自分はダメだ」と落ち込むことだってあるかもしれない。


 この時だって、二人の兄弟(弟子)とその母のイエス様とのやり取りを横目に、腹が立たずにはおれない残りの10人の弟子たちの姿がある。(24節)


 そのような12人の弟子たちに、イエス様はこのようにおっしゃられた。

あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。

 あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。

 人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのと、同じようにしなさい。」26〜28節


 師匠イエス様は、「横を見るな」と教えてくださっている。見るべきは横にいる他の人たちではなく、「人の子(イエス様)」なんだと。そして、今日は「同じようにしなさい。」という御声が、私の心に響いている。


 横をキョロキョロ見ずに、まっすぐ師匠を見て倣う者でありたい。そのように教えられている。


 イエス様、私はあなたの弟子です。今も師匠である愛するあなたの背中を追いかけている弟子です。足りない者です。弱い者です。でも、あなたについて行きます。あなたのようにみなに仕え、みなを愛する者へと日々、私を造り変えてください。そして、師匠であるあなたのように生きることができますように。アーメン。

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