top of page

2021年2月19日ディボーション

  • hccnichigo
  • 2021年2月19日
  • 読了時間: 1分

歴代誌第一4章


『ヤベツという人』


 彼がどのような家庭で、どのような中に生まれ育ったのか、聖書はその詳細を明らかにしていない。でも、彼は系図の中に挟まれながらも「最も重んじられた」人として、ここにたった2節分だが、特別なインパクトを残して記されている。


 ヤベツが生まれた時から、何か痛みがあったのだろう。「痛み」「悲しみ」という意味が込められた名前にある生涯を、彼は自ら背負って生きてきたのだ。


 苦しかったこと、辛いこと・・・、たくさんあっただろう。


 そのような彼の祈り(10節)は、とっても切実且つ大胆だ。

「私を祝福してください。」「もうこれ以上、痛みを味わうことのないようにしてください。」


「神は彼の願ったことをかなえられた。」(10節)


 このように大胆に神様に求めてよいということ、神様は私たちの切実な叫びを決して無視しない、ということをこの箇所を通してリマインドされる。


 私たちの神様は、祝福の神様なのだ。


 だから私もヤベツのように、祝福の神様を大胆に呼び求めたい。


ヤベツの祈り

「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあってわざわいから遠ざけ、私が痛みを覚えることのないようにしてください。」アーメン。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年6月24日 エゼキエル書43章

1節に彼はエゼキエルを東向きの門に連れて行ったとありますが 彼とは主の御手のことでしょうか?神の栄光が東の方から現れた。何故、東からでしょうか?  東の門は主の栄光が戻る入り口と描かれ、神の民のうちに再び臨することを示すそうです。東の門を通る栄光は神の恵み深い取り扱いを受けた民が罪の赦しを得て神に近づく道のようです。東から現れる栄光は、その計画の完成と神の民が神と共に生きる新しい時代を象徴します。

 
 
 
2026年6月23日 エゼキエル書42章

『主の神殿』  エゼキエル書の40章から48章にかけて描かれている、細かな設計図は、これからエルサレムで再建されて行くソロモン神殿やヘロデ王による神殿のどれとも一致していないのですが、恐らく、将来の主の神殿の姿なのかもしれません。千年王国では、主イエスのもとに神殿があるでしょうから、その時の神殿ではないか、とも想像しますが、これは主の神殿の姿が描かれているのでしょう。  この42章は、特にその中の

 
 
 
2026年6月22日 エゼキエル書41章

『至聖所、本殿を測る』  私たちの世界の創造主であり、聖なる神が罪にまみれた人間の世を訪ねること、それ自身は驚くべき出来事です。私たちを愛する神は、遠いかなたの第3の天におられて、人の世界を眺めておられるだけではなく、この混沌とした、泥沼の世を尋ねて下さって、直接にみことばを語って下さるのです。ちょうど朝日に輝く白いハスの花、露をはじきかえす葉に囲まれて、この世の泥沼の中から伸びてきて花咲花ように

 
 
 

コメント


bottom of page