2021年 12月21日 ディボーション

詩篇第5巻 111篇


 この詩篇で特に何度も繰り返される言葉は「みわざ」。主に感謝するのは偉大な、このみわざの力とあるとあるが、果たしてこの神のみわざとは一体何をさしているのだろう?

 

 例えばエジプトで奴隷であったユダヤ民族を出エジプトから助け出したのもみわざ、40年におよぶ荒野の生活の中で、毎日マナを与えたり、同時に試練を下したのもみわざである。ダビデを羊飼いから王に引き上げたのもみわざだ。


 しかしもっと、もっと大きなみわざが記されている。


 ヨブ記37章14節には 「ヨブよ、これに耳を傾けよ。神の奇すしいみわざを、立ち止まって考えよ。」と数々のみわざが記されている。続くヨブ記38章では、「雨に父があるのか。」「オリオン座の綱を解くことができるのか。」と、主はたたみ掛けるかのように問いかける。宇宙の創造、生物の創造を列挙して神さまにしかできない「みわざ」を示されている。


 詩篇111 篇 4節に「主はその奇しいみわざを人の心に刻まれた。」とある。我々には確かに他の動物と異なり、神から与えられた想像力があり、オリオン座を知り、探求してゆく心が与えられている。


 そうして創造主たる神のみわざは過去に遡るユダヤ民族の救いに留まらず、全人類の救いのために御子イエスを、この地に送られたみわざ、力によって死を撃ち破るのではなく、御子がどこまでも十字架の苦しみ、死の恐怖を経て打ち勝つみわざ、主イエスが送られた現在に至る恵みのみわざ。


 これらを知ることが、10節「知恵の初め、それは主を恐れること。」


 主のみわざの偉大さを知り恐れ、しかもこの恐れ多い主の救いの御手が、小さき私に伸ばされている事に心から感謝し、ハレルーヤ、ありがとうございます。



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