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2026年9月29日 マタイの福音書12章

hccnichigo
11 分前
読了時間: 3分

『許されぬ、御霊に対する冒瀆』


 この12章の中には色々な出来事がありますが、特に注目したのは、主イエスが悪霊につかれて目が見えず、口もきけない人を癒したこと。その時、この人の状況は最悪で、どのような悪霊によって自分の精神がむしぼられているか、説明しようにも口が聞けず、助けを求めようにも相手が見えないという悲惨な立場にいましたので、このような人を癒せるのは救い主でしかできない技だと人々は思っていたわけです。そこで民衆は主イエスのことを「ダビデの子として来られる、世の救い主」と考えたわけです。しかし、そのような民衆の思いに逆らうように、イエスの癒しの力は、悪霊どものかしらである、ベルゼブルからだと、パリサイ人は最悪の許されない批判を主イエスと内住されている聖霊に対して、故意の、悪意に満ちた対応をしてしまうのです。


 主イエスに内住する聖霊の力によって、目が見えず、口もきけなかった者が癒されたにもかかわらず、それを悪霊のかしら、ベルゼブル(サタンと考えて良い)からの力としたことは、人としての最大の間違いだったのです。32〜33節「ですから、わたしはあなたがたにいいます。ひとはどんな罪も冒瀆も赦していただけますが、御霊にたいする冒瀆は赦されません。また、人の子(主イエス)に逆らうことばを口にする者でも赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、この世でも次に来る世でも赦されません。」


 この時のパリサイ人は、神のことを考えずに、自分達の立場や権威を守ろうと、自己中心に考えてしまっています。これはこのパリサイ人たちだけに関わらず、残念ながら、私たちも陥り易い罪で、あるわけですが、決してしてはならない事は、主イエスから頂いている聖霊に逆らい、冒瀆してしまう罪ほど恐ろしい罪はないことを知るのです。


 使徒の働きにおいてクリスチャンとして、最初に殉教したのは、12使徒ではなくて、教会での執事役をしていた信徒、信仰と聖霊に満たされたステパノであります。彼を陥れようとユダヤ教の長老や律法学者が偽りの証人たちを立てて、最高法院に引いて行きました。 彼らは自ら、十戒の重要な掟、「あなたの隣人について、偽りの証言をしてはならない」を破っているのです。それに対してステパノ使徒の働き7章51節に「うなじを固くする、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖たちが逆らったように、あなたがたもそうしているのです。」と指摘しながらも、60節「そして、ひざまずいて大声で叫んだ。『主よ、この罪を彼らに負わせないでください。』こう言って、彼は眠りについた。」まるで十字架の主イエスのみことばを聖霊によって、自分の死の前に父なる神に願った言葉でした。


 私たちも常に、主イエスの霊、聖霊によって祈られていることをわすれてはなりません。自己中心の思い、肉の欲にかられた後に、悔い改めの心が芽生えるのは、この聖霊によるとりなしの祈り、彼の罪を彼らに負わせないで下さいと願っている聖霊の声を、私たちのSoulにある霊に響くからだと思うのです。その声は、まったく小さい、聞きづらい声かもしれませんが、心を鎮めて、立ち止まり、耳を傾ける時に聞こえて来るのではないでしょうか。


祈り

どうか日々の営みのなかで、心を鎮めて、聖霊のみことばを聞き取る事ができますように、決して、聖霊に逆らって、冒瀆するようなことがありませんように。主と共に過ごす時間を増やしましょう。アーメン

文: 森 宗孝


 
 
 

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