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2026年8月2日 ヨハネの黙示録14章

hccnichigo
8月2日
読了時間: 2分

 彼は大声で言った。「神を恐れよ。神に栄光を帰せよ。神のさばきの時が来たからだ。天と地と海と水の源を創造した方を礼拝せよ。」7節


 神を恐れ、神に栄光を帰し、神を礼拝せよ。なぜなら神のさばきの時が来たから。私たちみんなが、神の時が来たら神の前に立たされるのだ。その時に私たちが神にどう申しひらくことができるだろうかと思わせられる箇所である。この聖句は日々心の中にしっかりと蓄えておきたいところです。


 私たちが何か事を起こそうとするときには必ず主の前に祈ります。目的は主の栄光を帰すことができるためです。


「天と地と海と水の源を創造した方を礼拝せよ。」 この聖句は福音の基本だと言われているそうです。天地を創造されたのが主なる神である事を、偶像の神を信じている人々に対して伝えたいことが示されます。


「また私は、天からの声がこう言うのを聞いた。「書き記せ、『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである』と。御霊も言われる。「しかり。その人たちは、その労苦から解き放たれて安らぐことができる。彼らの行いが、彼らとともについて行くからである。」」13節


「主にあって死ぬ死者が幸いである」という出来事の中には殉教のこともヨハネの視野の中に入っていると言われています。しかし、その後の聖句が心に留まりました。つまり、主にあって死ぬ人に対しては神がその労苦から解放し報いてくださると言うのです。最後までいろんなこと(病気、苦しみ、悲しみ、など)で戦い抜いて亡くなった人々に対しての神のねぎらいを御霊が確証してくださったと言うのです。神につながっていれば、私たちの死も主にあって幸いであるということです。


 主の御名をほめ讃えます。私たちの死が主にあって幸いであることに感謝します。私たちのいろんな労苦があなたによって報いて下さいますように信じます。私たちに強い確信への道を歩ませて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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