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2026年7月21日 ヨハネの黙示録2章

hccnichigo
7月21日
読了時間: 3分

『初めの愛から離れてしまった』


 この2章からは、徐々に七つの教会の様子が明らかになってゆくわけですが、中川健一郎師によれば、それぞれ、この時代にあった教会は、これから近代までに時代ごとに変化してゆく教会をも示している、例えば、最初のエペソ教会は、古代教会のことに匹敵している。あなたの労苦と忍耐を知っている、偽物の教えを見抜いて、耐え忍び、疲れ果てなかったと主に褒められているのですが、同時に、あなたは初めの愛から離れてしまった。と悔い改めを勧めています。主イエスが昇天されてから、徐々にエルサレム教会は変わってしまったのでしょうか。迫害を耐え忍び、福音を伝える中で、教会の存在そのものが大切になってしまい、主キリストへの愛から離れてしまったのかもしれません。しかし、主の約束は、耐え忍び主を愛し、勝利する者には、格別な褒美と言って良いのか、神のパラダイス、永遠のいのちを与える木から食べて良いという約束をされています。


 次に、スミルナ教会、スミルナとは没薬のことで、この教会は迫害時代の教会の形で、苦難と貧しさに苦しめられましたが、主イエスは逆に、あなたがたは霊的には富んでいると褒められて、この教会には何の叱責もありません。あなたがたは10日間、苦難に会うと言われたのは、恐らくローマ皇帝のディオクレネス帝の10年間の迫害を示したものか、もしくはキリスト教を迫害する十名のローマ皇帝を指しているのかもしれませんが、迫害は長くは続かないということを言わんとされていたのだと思います。そうして、死に至るまで忠実である者には、第一の肉体の死はあるが、神の裁きによって下される永遠の裁きである第二の死の害を受けることはないと保証されているのです。私たちは、必ず肉体の死を迎えますが、もっと恐ろしいことは、神の法廷で裁かれて、第二の死の判決を受けることなのです。


 ペルガモン教会、ペルガモとは結婚という意味で、4世紀から5世紀にかけて、教会はローマ帝国と妥協した形で存続するようになった姿をも表していると中川先生は言われています。ペルガモン教会内には、異端が潜んでいてつまずきを与えていると非難しています。悔い改めることが求められていて、ここで勝利する者には、隠されているマナと白い石を与えるとされていますが、どのような意味なのでしょうか。 主イエスは、わたしはいのちのパンですと言われたことを思い出します。ですから、主との永遠の交わりを示しているのがマナで、白い石とは、古代ギリシャ・ローマでの裁判では、判決を示すのに、有罪の場合には黒い石、無罪の場合には白い石を用いていたので、恐らくあなたは無罪として認められた、義認を受けたという意味ではないかと思われます。


 2章の最後にはティラティラ教会となり、ティラティラとは継続した犠牲という意味のことで、15世紀まで、主イエスの十字架の意味を間違って受け取ってしまっていた教会の姿を表していると思われます。この教会の問題は、間違った教えを受け入れてしまったことにあります。ここには、イザベルという偽預言者がいて、信徒を惑わしていることが指摘されていますが、同時に15世紀までの教会は、教会という権威を拡大することに熱中してしまって、十字架のキリストの贖いから外れてしまっていたのです。

 

 このようにして、徐々に主イエスの花嫁である、教会の良いところと悔い改めるべきことが示されながらも、不思議なことに、問題の多い教会には、より多くの主の恵みが与えられていることに気づくはずです。主の恵みは、大いに信じる者、勝利する者に注がれているのです。


祈り

私たちもまた、サタンの誘惑を受けながらも、信仰に根ざすことができますように、主のみことばを土台として、勝利ある者となれますように、いただいている聖霊によって導かれますように強めて下さい。アーメン 

文:森 宗孝


 
 
 

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