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2026年7月17日 ダニエル書10章

hccnichigo
7月17日
読了時間: 4分

「ペルシアの王キュロスの第三年に、ベルテシャツァルと名づけられていたダニエルに、あることばが示された。そのことばは真実で、大きな戦のことであった。彼はそのことばを理解し、その幻について悟った。」(1)


「恐れるな、ダニエル。あなたが心を定めて、悟りを得ようとし、自分の神の前で自らを戒めようとしたその最初の日から、あなたのことばは聞かれている。私が来たのは、あなたのことばのためだ。ペルシアの国の君が二十一日間、私に対峙して立っていたが、そこに最高位の君の一人ミカエルが私を助けに来てくれた。私がペルシアの王たちのところに残されていたからだ。私は、終わりの日にあなたの民に起こることを分からせるために来た。その幻は来たるべき日を待たなくてはならないが。」(12‐14)


「特別に愛されている人よ、恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ。」(19)


「私がなぜあなたのところに来たか、知っているか。今、私はペルシアの君と戦うために帰って行く。私が去ると、見よ、ギリシアの君がやって来る。しかし、真理の書に記されていることを、あなたに知らせよう。私とともに奮い立って、彼らに立ち向かう者は、あなたがたの君ミカエルのほかにはいない。」(20‐21)


 ダニエルは、バビロン捕囚から解放された第一帰還者たちの今後を想い、3週間の喪に服していました。彼は民の帰還に喜びを感じると同時に、民が今後どのような状況に置かれるのかについて嘆きました。エルサレム帰還という祝福は、ごく一部の民に与えられるだけであって、一時的なものに過ぎないことを彼は知っていました。そのような時、彼は幻を見ました。ダニエルが見たこのお方は、黙示録1:12-16に書かれてあるお方を連想させることから、受肉前のキリストであると言われています。


 ダニエルに伝えられたメッセージとは、天上での霊的な戦いについてでした。御使いは、ダニエルの祈りのことばを聞き、すぐにでも彼のもとに来たかったのですが、ミカエルと共にペルシアの君やギリシアの君と戦っていたため、到来が遅れたと言います。つまりこれは、天上での霊的な戦いが起きていることを意味していました。そしてここで大切なことは、この地上での王国の滅亡が、天上のこと、つまり霊の戦いとして語られている点なのです。


 人は、聖書の言葉を読み、祈りますが、結局は、目先の世界で物事を考えてしまいます。あの人、この人のせいで、あのこと、このことのせいで物事がうまくいかない、と考えてしまいます。しかし聖書は、この世の問題は天上での霊的戦いに繋がっているというのです。例えばヨブです。彼はただ自分に非があるか否かで苦悩していますが、実は自身の不幸が、神とサタンとの議論であり、それが天上に起因するなどとは考えてもいません。


 パウロは「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗やみの世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです」(エペソ6:12)と語っています。つまり、まさにこの世の色々な問題以上に、霊的な天上での問題が、私たちを苦しめていることがある、と考える必要があるというのです。


 御使いはダニエルが祈り始めた最初の時からそのことばを聞いていた、と言われました。ただ、天上での霊的戦いのゆえに、到来が遅れたというのです(12‐13)。私たちの祈りも、神は最初から聞いておられます。ただ、すぐには来ることが出来ない時がある、ゆえに神は、「特別に愛されている人よ、恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ。」と語ってくださいます。祈りがすぐに聞かれていないわけではないのです。神は真実なお方であり、必ず来てくださいます。しかも、大天使ミカエルと共にです。


祈り:愛する天のお父さま。私の祈りのことばさえ、あなたは初めから聞いていてくださっていることを知り、感動するとともに、驚きを覚えました。確かに、私の祈りの答えはすぐに聞かれる時と、年月を重ねた後に聞かれていました。その事実は、あなたが今も生きておられることを証ししています。主の御手は、私のような者にも触れていてくださっていたのです。ありがとうございます。どうか、あなたの御名が、全地であがめられますように。主イエス・キリストの御名によって感謝してお祈りいたします。アーメン。                                       

 文:アイゾン直子


 
 
 

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