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2021年2月22日 ディボーション

歴代誌 第一 7章


『ヌンの子ヨシュア』


 ●語られたこと:


 第7章もヤコブの12人の子供達のうちの一部の家系が登場する。その中でも11男ヨセフの子供達の話に心引き寄せられた。なぜならエゼルとエルアデは家畜を奪おうとして殺されている。(21節)しかし、その後に続く人々の中からヌンの子ヨシュアが登場する(27節)

 ここで二つの事を考えた。まず一つ目。ヤコブの家族は主に祝福されていて、家畜を奪わなければいけないほど困窮していたとは考えられない。ただ単に悪戯だったのか? それとも新しい領地が欲しくてこのような事件になったのだろうか? とにかくアプローチの仕方が良くない。もっと平和的な交渉はできなかったものか? 結局、二人とも命を落としてしまう。十戒にあるように「盗んではならない」のです。

 もう一つ気付かされたことは、物理的に他人の領地を奪おうとする事と精神的に他人の領域を侵すことは同罪だと言うこと。先日、とある勉強会で境界線の学びをした。その際に、人格は神様がお作りなったもの。その人格を侵すことは神様をも侵害することに繋がるとの事。目に見えるものは、簡単に他人にわかりやすい。だから警察ざたにもなる。しかし残念な事に目に見えないものは他人には分かりづらい。警察ざたにはなりにくい。だから精神的に侵害されたものが、神様の前に訴え出ることだけが解決の道標になるのではないかと思った。

ヨシュア記6章1-21節に城門を固く閉ざしたエリコの街を主の契約の箱を担いで周り、七日目に角笛を鳴らして城壁を崩す話がある。力ずくで他人の領域を犯そうとして殺されたエゼルとエルアデのようではなく、ヨシュアのように神の声に聞き従い、神の時を待ち、敵の事をも祈りつつ待つことができるようになりたいと思った。


●祈り:


 天の父なる神様。日々のそれぞれの学びの中で沢山の気づきをありがとうございます。そのおかげで私の心は平安です。私が置かれている環境に嵐が吹き荒れていたとしても、私の心の中だけはあなた以外、入ることができません。どうぞいつも共にいて私の心を強めてください。また私のように心に平安が必要な兄弟姉妹、またこれからあなたの葡萄の枝に連なろうとする若い兄弟姉妹の上にもあなたのお導きと祝福と癒しがありますように。

 イエス様のお名前を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

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