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2020年9月9日ディボーション

最終更新: 2020年10月4日

ヨハネの福音書 15章5節 

「私はぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。」


【9月6日の関先生の説教から神様に語られた事】


 イエスの下さる御霊の実が目の前に置かれたら、私はどの実をいただくか?

私は、まよわず“寛容”を頂くことに手がのびました。

 それは、ある日を境に私自身から“寛容”さがなくなっていることに今日はっきりと、神様が気づかせくださりました。人との関係で、人が言ったことに対して心が病み、許せずにその葛藤で苦しむ自分がいました。頭では許せていても心の中では完全には許せていなかった。その方に対して“寛容”な気持ちで接することができなくなっていた自分自身になっていました。なんと悲しくて怖いことでしょうか?

“人を赦さなければ自分自身が神に赦されない”ということは何度も耳にしてきた大事なことなのに、現実に問題と向き合った時に、そのような大事なことは失せてしまっていた。大いに悔い改めさせられるところであります。

“御霊の実”を結ぶためには、どうすればではなくて、イエス様のことばを信じて受け入れることだということを関牧師より語られました。私達の信仰は

イエス様のみことばに生きること。そうなりたいと思いました。


祈り

 愛する天のお父様、今日の礼拝を心から感謝します。

 礼拝のメッセージで私に気づかせてくださったみことばをありがとうございます。私には人に対する“寛容”さがなくなっていました。今日からは“寛容”の実を結ぶことができるように、イエス様のことばを日々信じて受け入れることができるように歩ませて下さい。イエス様の御名によって祈ります。アーメン

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