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2026年9月3日 アモス書7章

hccnichigo
9月3日
読了時間: 2分

 アモス書も後半に入ってきました。アモス書の後半までは、イスラエルの滅亡の五つの幻がアモスに語られています。7章で取り上げられている三つの幻とは、青草を食い尽くすいなご、責める火、下げ振りのことです。


 十戒の映画でも出てきましたね。頑ななパラオの罪のために、主は大軍のいなごを押し寄せられましたね。上空の真っ黒に漂う大群いなごが押し寄せてくる様子がとても不気味でした。そして、かれらはあっという間に穀物を食い潰してしまいました。1節で述べられている王が刈り取った後の二番草というのは、民間の受容のために使われるそうです。それが、いなごによって食い尽くされるのは民の生活に大きな被害をもたらせられるので恐ろしい災害と言われているそうです。しかし、預言者アモスの赦しの祈りによって、主がそのようなことは起こらないと約束されます。


 二番目の責める火とは、あらゆる河川の源が干上がる、破滅的な干ばつがくるということだと言われています。しかし、そのようなことも預言者アモスの赦しの祈りによって、主は、それも起こらないと約束されます。あらゆる河川の源が干上がる、破滅的な干ばつがくるということなのでしょう。これも恐ろしいことです。しかし、このことも預言者アモスの赦しを願う祈りによって、主がそれも起こらないと約束されます。


 しかし、三番目の下げ振りに関しては、神の裁きを免れ得ないということです。このことは、アモスの赦しも、主の思い直しもありません。アモスとアマツやの対話はこの三つの幻を確認するものです。イスラエルの民に何度も警告をし、悔い改めを促したのに、彼らは神のもとへ帰ろうとしなかったためです。

 

 愛する天の父よ。私たちもアモスのように、他者のために心から赦しの祈りをすることができるように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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