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2026年9月19日 マタイの福音書2章

hccnichigo
9月19日
読了時間: 3分

 ヘロデは、無慈悲で残忍なことで知られる王だ。自分の地位を守るために、自分の子供や妻までも殺害したといわれている。自分にとって脅威となりうる存在は、どんな相手でも抹消するというタイプだった。そんな王の時代にイエス様はお生まれになった。


 ユダヤの王と呼ばれる方がお生まれになったと聞いて、ヘロデが黙っているわけがない。自分も拝みたいなどといって東方三博士を送り出したが、本当に拝みたかったわけではない。もちろん、殺害することが目的だったのだろう。


 どんなに悪知恵を働かせて、自分の思い通りにしようとしたところで、思うようにはいかない。博士たちが自分のところに戻ってこないのを見て、だまされたと逆上し、周辺にいた二歳以下の子供を、みんな殺させたとき、彼はこれで安心と思ったことだろう。しかし、神様はその裏で動いておられた。博士たちやヨセフに、夢で語られ、導き、イエス様のいのちを守られた。


 このことから、人は心にいろいろな計画を持つが、神様の御心が必ず成就するということを思った。


 エジプトに避難していたヨセフ一家は、ヘロデが亡くなった時、神様が夢で語られ、イスラエルに戻ることになった。聖書に出てくる偉大な人物のすごいなと思うところは、神様に語られると、すぐに行動するところだ。エジプトに逃げるときも、語られてすぐ、夜のうちに出発したというのだ。せめて明るくなってから、などと思わないのだ。エジプトからイスラエルに戻るように導かれた時も、すぐイスラエルに向かったと思われる。しかし、イスラエルの地に入ったところで、ヨセフはまだヘロデ王の子供であるアルケラオが、統治していることを知り、恐れたとある。


 すると、神様がまた夢で警告して下さり、ガリラヤ地方に退いたとのことだ。神様は私たちの気持ちを大切にして下さる。恐かったら、怖い、いやだったら、いやと伝えたらいいのだ。そして、この退いた地、ナザレこそが、預言者が伝えていた救い主の過ごした場所だったということが、なんとも神様と私たち人間との交わりによる不思議な摂理だと思わされる。


天のお父様 今日のみことばをありがとうございます。自分の気持ちに正直になっていいこと、いや、むしろそのことが大切なことだということを思いました。神様はその気持ちをも用いて、神様のご計画の中に私たちを招いてくださることのできる、大きなお方です。神様からの導きを与えられたなら、すぐに行動できる者になりますよう、助けて下さい。どんな時も、神様の御手の中にあるという、平安の中に留まり続けることができますように。イエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン


 
 
 

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