top of page

2026年9月18日 マタイの福音書1章

hccnichigo
9月18日
読了時間: 4分

「アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。アブラハムがイサクを生み、イサクがヤコブを生み、ヤコブがユダとその兄弟たちを生み、ユダがタマルによってペレツとゼラフを生み、ペレツがへツロンを生み、へツロンがアラムを生み、アラムがアミナダブを生み、アミナダブがナフションを生み、ナフションがサルマを生み、サルマがラハブによってボアズを生み、ボアズがルツによってオベデを生み、オベデがエッサイを生み、エッサイがダビデ王を生んだ。ダビデがウリヤの妻によってソロモンを生み、ソロモンがレハブアムを生み、レハブアムがアビヤを生み、アビヤがアサを生み、アサがヨシャファテを生み、ヨシャファテがヨラムを生み、ヨラムがウジヤを生み、ウジヤがヨタムを生み、ヨタムがアハズを生み、アハズがヒゼキヤを生み、ヒゼキヤがマナセを生み、マナセがアモンを生み、アモンがヨシヤを生み、バビロン捕囚のころ、ヨシヤがエコンヤとその兄弟たちを生んだ。バビロン捕囚の後、エコンヤがシェアルティエルを生み、シェアルティエルがゼルバベルを生み、ゼルバベルがアビウデを生み、アビウデがエルヤキムを生み、エルヤキムがアゾルを生み、アゾルがツァドクを生み、ツァドクがアキムを生み、アキムがエリウデを生み、エリウデがエレアザルを生みい、エレアザルがマタンを生み、マタンがヤコブを生み、ヤコブがマリアの夫ヨセフを生んだ。キリストと呼ばれるイエスは、このマリアからお生まれになった。それで、アブラハムからダビデまでが全部で十四代、ダビデからバビロン捕囚までが十四代、バビロン捕囚からキリストまでが十四代となる。


 イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」 このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」 それは、訳すと「神は私たちとともにおられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、子を産むまでは彼女を知ることはなかった。そして、その子の名をイエスとつけた。」


 イエスがアブラハム、ダビデの子孫であることを示すこの系図は、イエスこそが約束の救い主であることを示しました。神は救い主についてアブラハムに約束され(創12:3, 22:18)、続いてダビデに約束されていました(2サムエル7:2, 詩篇89:3節、13211)。この系図はまさしく、救い主を待ち望むユダヤ人にとって福音となりました。そして次にマタイは、イエスの誕生について書きました。乙女マリアから生まれるこの子の名は、天使によって「イエス」と名付けられ、その名は「インマヌエル」と呼ばれました。マリアによって誕生するこの男の子は、「人を罪から救うお方」だけでなく、救った後もずっと、「私たちとともにおられるお方」だという知らせが、イスラエルの民に示されました。救い主の到来を待ち望み続けて来た彼らにとって、その知らせはどれほどの喜びであったかと思います。しかしこの福音はユダヤ人にだけでなく、今や異邦人にも伝えられ、救いに与る者となりました。キリスト・イエスの十字架の贖いが無ければ、起こり得なかった奇跡だと私は思います。主のあわれみと愛に、心からの感謝をささげます。


祈り:愛する天のお父さま。あなたは長い歴史の中で約束を守られるお方です。キリスト・イエスを通して、私の罪を救い、私とともにいてくださるお方です。あなたの壮大な愛のみわざをありがとうございます。主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン                                     

 文:アイゾン直子


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年10月8日 マタイの福音書21章

『エルサレム都城』  マタイの福音書21章は、Palm Sunday(棕欄の主日)と言われています。  イエスは小さなロバに乗ってエルサレムへ都城しました。そして、エルサレムの中心にある神殿に行かれました。そこでは、祈りの家であるはずの神殿がものの売り買いをしている、まるで強盗の巣になってしまったのでイエスは人々を追い払われました。これがイエスの宮きよめと言われています。私たちにも当てはまることが

 
 
 
2026月10月7日 マタイの福音書20章

「あなたの分を取って帰りなさい。わたしはこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです。」(14)  1節から記されているこのたとえ話は、とても興味深い内容です。9時、12時、3時から働いた者、そして5時から働いた者、それぞれに同じ賃金が支払われたという話です。  時給制ではなく日給制ということですが、それにしても長い時間を働いた者としては不公平を感じても無理はありません。    私たちは、この

 
 
 
2026年10月6日 マタイの福音書19章

『主イエスの律法』  主イエスは、この世の価値で判断する多くの者たちとの会話を通じて、石に書かれた律法と主イエスの律法、つまり心に書かれた律法を説明されていると思われる箇所です。16節「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをすればよいのでしょうか。」これはこの世で多くの人が考えることではないでしょうか。 良い行いによって天国に行ける、それではその、良い行いはどのようなことなのか、人助け

 
 
 

コメント


bottom of page