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2026年8月29日 アモス書2章

hccnichigo
8月29日
読了時間: 2分

 2章は、モアブ、ユダ、イスラエルの罪に対する預言だ。特に、イスラエルの罪は、読んでいるだけで気分が悪くなった。


 イスラエルの先祖もエジプトで奴隷として、苦しみ、日々を味わった。そこから神様が助け出し、神様への信仰が定まるまでの40年を、荒野で過ごした。その間、ずっと神様が守り、養い、導いて下さり、自分たちよりも大きく強いアモリ人を追い出し、約束の地に入った。それは自分たちの知恵のゆえでも、力のゆえでもなく、神様によるものであることを体験した。


 そのことを忘れ、彼らの心は傲慢になり、弱者を人と思わないような行いをするようになった。


 神様がナジル人を与えても、自分たちにとって耳の痛いことを聞こうとはせず、預言するなという始末だった。


 私はハワイに移住して来なかったら、神様に出会うことはなかったと思う。それまで、心の空虚感はあったものの、決定的だったのは生活苦だった。そこで神様に出会った。まさに、神様のお陰で、そこから救い出され、今は安定した生活をさせていただいている。


 今となっては、ハワイに来たことも、貧乏生活を体験したことも、すべて神様に出会うためだったと思う。それは、神様の恵みだった。苦しんでるときは、不安で、希望がなくて、大変だったが、そんな中でも、私たちは生かされ、楽しみ、守られていたことを思い出す。これを私の出エジプト記として思い出し、子供たちにもシェアしていかなくてはいけないと思わされた。


天のお父様、私たち家族を神の子として、救い出して下さってありがとうございます。すぐに小さなことで不満をもち、文句を言ってしまっていたことをおゆるし下さい。あなたにいただいた恵みを忘れずに生きることを、思い出させて下さって、ありがとうございます。今、預言者はそばにいませんが、こうしてディボーションをすることで、心が改められることを感謝いたします。救われた時に限らず、神様は日々私を守り、導いてくださっています。その恵みに、いつも目を向けていくことができますように。心が傲慢になることなく、いつも感謝と愛をもって生活することができますように。

イエス様の御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

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