top of page

2026年8月27日 ヨエル書3章

hccnichigo
8月27日
読了時間: 2分

 ヨエル書1、2章では干ばつと飢饉のことが述べられていましたが、3章は、主の日の出来事が記されています。主の日の出来事とは、世界的なさばきの日、世界的な戦い、世界的な救いの日です。


 世界的なさばきの日には、すべての国民がヨシャファテの谷に集められ、彼らがなした悪い行いに対して主がさばかれます。ちなみにツロ、シドン、ペリシテだけがさばかれると言うことではなく、世界の歴史の中で起こった残虐な行為はすべて主のさばきの対象になると言われています。歴史的な残虐的行為といえば、一番に思い起こされるのがホロコーストです。ナチス・ドイツによって迫害、虐殺された600万人ものユダヤ人です。又、日本がアジアで犯した罪もそうです。時は過ぎても、罪は決して覆い隠されるものではないです。主の日は必ずくると言うことです。


 世界的な戦いの日には、平和に農作業をしていた民が鋤を剣に、鎌を槍に造り変えて戦い、主ご自身もその戦いに臨まれるのです。主はヨシャファテで群衆を滅ぼします。その時は太陽も月も暗くなり、星もその輝きを失う。世界が真っ暗な闇の世界になると言うのです。戦争を知らない自分に取ってそのようなことは恐怖としか思えません。


 しかし、そのような事をとおして、主の日は世界的な救いの日であると記されています。主の日は、神を恐れない者にとっては恐るべき神の審判がくだる日であり、逆に神を恐れ主の御名を呼ぶ者にとっては神の祝福、救いがあるということです。


 世界的な戦いがあっても、主に信頼する者には避けどころがあると言うのです。主のおられる所にはぶどう酒が滴り、丘には乳が流れ、水が豊かに流れています。私たちもそこを目指して主に信頼して歩む者でありたいと示されました。


 愛する天の父なる神さま

今日のみことばを心から感謝します。私たちは日々罪との戦いです。それから決して抜け出ることはできません。そのためには、常に神を恐れ、悔いあらためて、神に絶えず従って行くことです。どうぞ私たちがその道から外れることがありませんように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年10月8日 マタイの福音書21章

『エルサレム都城』  マタイの福音書21章は、Palm Sunday(棕欄の主日)と言われています。  イエスは小さなロバに乗ってエルサレムへ都城しました。そして、エルサレムの中心にある神殿に行かれました。そこでは、祈りの家であるはずの神殿がものの売り買いをしている、まるで強盗の巣になってしまったのでイエスは人々を追い払われました。これがイエスの宮きよめと言われています。私たちにも当てはまることが

 
 
 
2026月10月7日 マタイの福音書20章

「あなたの分を取って帰りなさい。わたしはこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです。」(14)  1節から記されているこのたとえ話は、とても興味深い内容です。9時、12時、3時から働いた者、そして5時から働いた者、それぞれに同じ賃金が支払われたという話です。  時給制ではなく日給制ということですが、それにしても長い時間を働いた者としては不公平を感じても無理はありません。    私たちは、この

 
 
 
2026年10月6日 マタイの福音書19章

『主イエスの律法』  主イエスは、この世の価値で判断する多くの者たちとの会話を通じて、石に書かれた律法と主イエスの律法、つまり心に書かれた律法を説明されていると思われる箇所です。16節「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをすればよいのでしょうか。」これはこの世で多くの人が考えることではないでしょうか。 良い行いによって天国に行ける、それではその、良い行いはどのようなことなのか、人助け

 
 
 

コメント


bottom of page