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2026年8月20日 ホセア書10章

hccnichigo
8月20日
読了時間: 2分

 ホセア書10章は4章からずっと続いているイスラエルの罪とさばきの宣告をまとめた箇所と言われています。

 イスラエルの大きな罪は、偶像崇拝と外国に頼ることでした。


 主なる神はイスラエルをよく茂ったぶどうの木とされたにもかかわらず、彼らは豊かになるにつれて偶像崇拝のための祭壇を増やし、石の柱を豊かにしました。そのような事を主なる神が許すはずがありません。主はそれらをこわされます。そればかりでなくベテ・アベンの子牛の像もアッシリアに持ち去られました。


 そして、もう一つの大きな罪は外国に頼ることでした。


 当時の北王国は、この国を隆盛に導いたヤロブアム王の死後、王位継承による争いで一五年足らずの間に五回も王が変わるという惨状でした。王はアッシリヤに贈り物をして国を保とうとしたが、結局滅ぼされることになりました。


 偶像崇拝と他国に頼ることは神を信頼しないということです。その結果、滅びを刈り取ることになる民に、ホセアは12節のみことばを叫び続けます。


 「あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れ、耕地を開拓せよ。今が主を求める時だ。ついに主は来て、正義の雨をあなたがたの上に降らせる。」12節


 民が神から見捨てられたと思っている民に、「今が主を求める時だ。」と叫びます。主は、私たちを決して見捨てません。私たちの叫びを待っておられるのです。そのことをホセアは祈る気持ちで、民が救われて欲しい気持ちで叫んだことでしょう。


「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。叩きなさい。そうすれば開かれます。」マタイの福音書7章7節


 天の父なる神さま。すべてがうまくいっている時に高慢になって行くのが私たちにも起こりうることです。そのときこそ、主をせつに呼び求めていくことができるように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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