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2026年7月30日 ヨハネの黙示録11章

hccnichigo
7月30日
読了時間: 2分

『二人の証人』

 反キリストにより殺されたふたりの証人が、神のいのちの息により復活し、天に引き上げられる。これは、死と復活を意味していると言うことです。人々に囲まれ、拒絶され、倒れていきますが、けれど、神のいのちの息によって立ち上がり、天に引き上げられるところを読んでいくと希望が湧いてくるように思いました。神の言葉は決して滅びません。それは、いのちの種となり人々の心に芽生えていつかは救いの実を結ぶことができるからです。

 二人の証人は患難期前半の3年半にエルサレムで予言をしますが、反キリストによって殺されます。そして三日半の間彼らの死体を墓に葬る事を許さなかった。しかし、三日半の後に、神のいのちの息により、彼らは自分たちの足で立った。そして、天から大きな声で「ここに上れ」と言うのを聞いて、天に引き上げられました。その姿を見て人々は恐れ抱き、天の神に栄光を帰した。皆が悔い改めたのです。そこからユダヤ人のリバイバルが始まります。

 15節以降は、第七のラッパが吹き鳴らされたときの天の情景が描かれています。そして、大きな声が起こりました。


「この世の王国は、私たちの主と、そのキリストのものとなった。

 主は世々限りなく支配される。」15節(一部抜粋)


 ちなみにこの聖句は、有名なハレルヤ・コーラスの一節となっているそうです。その大きな声がおこった後、二十四人の礼拝する姿が示されました。それから、天の神殿が開かれ、契約の箱を見ることができました。


 天の父なる神さま。地上ではまだ反キリスト者たちとの戦いがあります。その後ろで操っているのはサタンです。一日も早く、サタンに操られている反キリスト者たちのために祈り、彼らが救いの道へと歩んでいくことができますように私たちを用いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

 


 
 
 

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