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2026年6月18日 エゼキエル書37章

hccnichigo
6月18日
読了時間: 2分

『干からびた死人の骨がよみがえる』


 文字通りを理解していくと、まるで映画の「インデイアナ ジョー」の光景が浮かんできます。実際には、滅んでしまったイスラエルの二つの王国(北イスラエル王国、南のユダ王国)が一つになると言う比喩的な表現です。エゼキエルは祖国を失って外国の地で意気消沈している人々に、死者の復活という比喩的な表現で、彼らの祖国が回復するという預言をしたのです。


 さらに、12節での預言が目に留まりました。


「わたしの民よ、見よ。わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓から引き上げて、イスラエルの地に連れて行く。」37:12(抜粋)


 神である主が、おまえたちは今バビロニアに捕囚されているがその墓から出ることができる、墓から引き上げてイスラエルの地へ連れて行くと示されたのである。捕囚の民はこの言葉を頼りに50年間の捕囚を耐え忍び、やがてエルサレムに帰還し、そこに新しい国を再建することができました。それは、紀元前537年と言われています。


 そして24節以降ではダビデが永遠に彼らの君主となると預言されます。つまり、ダビデの家系の中から生まれられるイエス・キリストを指しています。さらに、神と民との間に平和の契約が結ばれ、これは彼らの永遠の契約となると預言されています。失意の中にあったイスラエルの民にとって、信じる者たちには希望の光を見出すことができたと思います。

「すべてのことには定まった時期があり、天の下のすべての営みに時がある。」 (伝道書の書3:1)


 天の父なる神様。私たちが暗闇の中で苦しんでいるときにも、あなたのみことばにとどまり続けていくことができますように、あなたを見失うことがないように助け導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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