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2026年5月24日 エゼキエル書12章

hccnichigo
5月24日
読了時間: 2分

『「反逆の家」となったイスラエルに行ったエゼキエルの象徴的行為』


 神の預言を聞いたにも関わらず、イスラエルの民は目があるのに見ず、聞く耳があるのに聞こうとしなかったので、神はエゼキエルに新たなる象徴的行動を持って預言を命じました。神の忍耐が強く示されます。


 象徴的行動とは、エゼキエルは、主が命じられた通りに、自分の荷物を捕囚のときの荷物のようにして昼のうちに持ち出し、夕方、自分の手で壁に穴を開け、彼らの見ている前で、暗いうちに荷物を背負って出て行ったのです。


 これは、エルサレムが滅亡した時に、ゼデキヤ王が壁に穴を開けて逃げる時にバビロン軍に捉えられ、目をつぶされて連行された時のことを象徴的行動で預言されています。そして、エゼキエルは捕囚の民の中にいて、現在エルサレムに残っている民も近い将来捕囚(第二捕囚)されることを預言しています。


 しかし、民は、エゼキエルの預言したことを信じようとせずに、「日は延ばされ、全ての幻は消え去る」と言うのでした。偽の預言者がいて、滅亡の預言は遠い将来のことだと言っていたそうです。このことに対して、主は、「その日は近づき、幻のすべては実現する」23節(一部抜粋)

 さらに主は28節で厳しく語られるのである。

『神である主はこう言われる。わたしのすべてのことば、わたしが語ることは、もはや引き延ばされることはなく、必ず成就するー神である主のことば。』(一部抜粋)


 信じられるのは聖書のみことばだけです。反逆の民にならないように聖書のみことばに心を傾けていくことが示されました。


 愛する天の父よ、今日のみことばを心から感謝します。あなたは忍耐を持って私たちを愛してくださっています。私たちもあなたの愛に応えられるような行動ができますように導いて下さい。感謝して主イエス様の御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

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