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2026年4月13日 エレミヤ書36章

  • hccnichigo
  • 4月13日
  • 読了時間: 3分

『読み聞かせよ』


 南王国ユダの運命も風前のともしびでの出来事です。主の目に悪い王であったエホヤキム王は、主によってエレミアのことばを筆記した書記バルクが持ち込んだ巻物、エレミア書を無視して、火にくべてしまいます。ユダ王国の首長たちがエレミア書を恐れおののき聞いて、エホヤキム王に伝えようと持ってきた、主のことばですが、悪王エホヤキムは、悔い改めをするどころか、彼もかれの部下も無視して、エレミア書を、こともあろうが燃やしてしまうのです。 これは紀元前624年の今の太陽暦で11月か12月頃のことです。


 もともと、このユダヤ暦の第九の月は、ユダヤの3大祭りでもある、大贖罪日の月です。エルサレムのすべての民に断食が布告されて、書記バルクが、主が託されたエレミアのことばを読んで聞かせたわけですが、残念ながら国王とその部下たちは聞く耳をもっていなかったのでした。


 これと正反対に、もうすでに亡くなっていた善王ヨシアの場合は、律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を引き裂いた。と列王記第二22節には記されていて、そこからユダ王国の宗教改革が始まり、南ユダ王国は、北王国に比べて、延命したのですが、このエホヤキム王の時代には、主のことばは無視されてしまったのです。ですから主の我慢切れの裁きが、南ユダ王国にも、バビロン帝国を遣わして滅ぼされてしまいます。


 この36章には、この時期の南ユダ王国の様子と、書記バルクがもう一度、エレミア書を書き直す様子が描かれているのですが、自分がここから連想したのは、この第九の月である大贖罪日のことでした。ユダヤ民族の3大祭りは、まず春の祭り、過越しの祭りで、皆さんもこの時に主イエスが聖なるいけにえの子羊として十字架にかかられました。その後の5旬節(ペンテコステ、七週の祭り)ここで、聖霊降誕がありました。最後に秋祭りである、仮庵の祭りがありますが、それは月の初めのラッパの祭りから始まって、贖罪日 ヨミ・キプール、そして仮庵の祭りとつながっています。仮庵の祭りは、神との喜びの祭りで、音楽あり歌ありの祭りですが、その前にくるのが悔い改めと罪の赦しなのです。


 何を言いたいかといいますと、主イエスの初臨がイスラエルの祭りと連動していることを思うと、主の再臨は秋祭りと連動していると想像するのです、主の再臨はラッパと共に来られる(Iテサロニケ4章16節「すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下ってこられます。」)このようにラッパの祭りでの悔い改めがあり、贖罪日の罪の赦しがなされてから、再臨の主イエスとの再会、喜びの祭りとなってゆくことが、聖書によって約束されていると考えております。


祈り

主の日が近づいているように思うのは自分一人ではないと思いますが、使徒パウロの時代も、ローマの迫害などが続き、主の日が間近だと考えておりましたのが2千年前のことですから、いつに再臨があるか、患難時代はどうかと心配するよりも、いつ主が戻って来られても良いように、心を主に向け続けることができますように。 アーメン 

文:森 宗孝


 
 
 

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