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2026年2月1日 イザヤ書53章

  • hccnichigo
  • 2月1日
  • 読了時間: 2分

 イザヤ書53章は「十字架の予言」と言われ、また、聖書の中で一番大事なところであるとも言われています。イエスの福音が書かれています。またある解釈者は、苦難の中にいる人が読むべきところであると語っています。


 旧約に予言したことが新約に実現したことを誰が信じることができたでしょうか。これこそ、神の御子が苦難を受けることによって全人類の贖いをなされるという、驚くべき神のご計画を、予告したものだったのです。


 私たちが聖書でなん度も読んできたイエス様が苦難、死を受ける有様が克明に描写されているのが4節から9節に述べられています。彼(イエス様)は、人々からさげすまれ、私たちの病を身代わりに負い、痛みを担ったのです。人々はそれを神からのさばきだと思ったと言うのです。本当は彼(イエス様)の打ち傷によって人々はいやされたのですが、人々はそのことがわかりませんでした。私たちもその人々の中の一人だったと思わされます。そして、彼(イエス様)は不正なさばきによって十字架に架けられて死に至らしめられました。


 彼(イエス様)の苦難によって、主の御心が成し遂げられます。多くの人が義とされ、神のものとなったのです。


「彼は多くの人の罪を負い、

 背いた者たちのために、とりなしをする。」12節(抜粋)


 「苦難の僕」こそ、イエス・キリストであります。ご自身の命を捨てて人々の罪を負い、今も天上で父なる神の右に座して私たちのためにとりなしをし続けてくださっておられるお方です。イザヤの時代からこの予言が実現しました。このことを知ったら、神様は、今も生きておられると言うことがどうして否定できるでしょうか。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネの福音書3章16節


 主の御名をほめたたえます。今日のみことばを心から感謝します。イザヤの時代からイザヤを通して予言されたことを実現されたあなたは、真の神です。この福音を多くの人々に伝えることができますように私たちを用いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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