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2025年8月3日 詩篇第90篇

  • hccnichigo
  • 2025年8月3日
  • 読了時間: 2分

「私たちの齢は七十年。

 健やかであっても八十年。

 そのほとんどは 労苦とわざわいです。

 瞬く間に時は過ぎ 私たちは飛び去ります。」10節 


 時を止めることは誰もできません。その時は誰もが年を重ねて老いていくことです。そして老いていくと同時に自分の限界を否応なしに受け入れなければなりません。神は、無限の存在であられますが、私たちは有限の存在です。いつかは死ななければなりません。ある牧師は語っていました。「死は、人間側から見れば悲しみを意味するものですが、神の側から見れば、歓迎を意味します。死は父なる神の家へ帰ることを意味しています。」私たちクリスチャンにとって死の恐怖から遠ざけてくれる励ましのことばではないでしょうか。


 ある分かち合いの時に、「あなたは死への恐怖がありますか?」という問いかけに一人の信仰の先輩が、「私は、全くありません。なぜなら、死は永遠の命へとつながる希望があります。」と言われたことが印象的でした。その方が語ったことが、今日の詩篇の冒頭で述べられていることと重なりました。つまり、この方は、神を住まいとして日々の生活の中で神とのかかわりをもって生きておられるのだろうということです。


「主よ 代々にわたって あなたは私たちの住まいです。」1節 



 天の父なる神さま。私たちに永遠の命を与えてくださって感謝します。いつかおとずれる死を恐れずに、あなたは私たちの住まいであるということを覚え、日々あなたとのかかわりをもって生きていけますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

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