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2025年7月6日 詩篇第62篇

  • hccnichigo
  • 2025年7月6日
  • 読了時間: 1分

「私のたましいよ 黙って ただ神を待ち望め。

 私の望みは神から来るからだ。」5節           


「神こそ わが岩 わが救い わがやぐら。

 私は揺るがされることがない。」6節


 「黙ってただ神を待ち望む、揺るがされない」と歌ったダビデの信条が伝わってくるようである。しかし、自分が窮地に立たされた時に果たしてこのような御言葉が伝わってくるだろうかと思わされます。人はだれでも常に揺るがされて、神を待ち望むことをしないで自分の思うようにすることが多々にあるのではないでしょうか。だが、ダビデはこのような時にこそ神に信頼し、私たちのありのままの心を神の御前に注ぎ出せと語っています。


「民よ どんなときにも神に信頼せよ。

 あなたがたの心を 神の御前に注ぎ出せ。

 神はわれらの避け所である。」8節


 ハレルヤ!主の御名を心から賛美します。ダビデが自分の苦難の中にいた時に私たち民に語ったことが心に留まりました。心を静かにして神を待ち望み、神に信頼し、自分の本当のありのままの気持ちを御前に注ぎ出していくことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

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