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2025年6月8日 詩篇第34篇

  • hccnichigo
  • 2025年6月8日
  • 読了時間: 2分

 詩篇34篇はダビデがアビメレクの前で狂人になったかのようにふるまい、彼に追われて去ったときに作られた詩篇である。人は生き延びるためにはどんなことでもやり通すことができるのですね。そういう状態であるのに34篇の詩篇の内容はかなり明るいです。34篇1節でダビデは、「あらゆる時に」「いつも」ということばで神を賛美しています。


「私はあらゆるときに 主をほめたたえる。私の口には いつも主への賛美がある。」


 私たちへの教訓のように思われます。ダビデのようにどんな悲惨な状態の中にいても、彼は主を誇り、賛美し、祈っています。ある牧師が語っています。


「祈りが聞かれないと思える状況のなかでも、なお祈り続けていくことが祈りが聞かれる秘訣である。あきらめずに、忍耐をもって、信じて祈り続けていくことです。」


 信仰の先輩が、日本に証し伝道に行くことになりました。ずっと以前から示されたことでしたが、その矢先に癌が見つかり手術することになりました。私たちは祈りました。そして、手術は無事に成功して退院されました。お見舞いに行った時に、その方はすばらしいことを証ししてくださいました。「主の為に用いられようとすると必ず妨害があります。しかし、私は主を呼び求めて祈りました。あなたが私に示してくださったことだから、私は行きます。あなたがすべてを善きにしてくださると信じています。」とても力強い発言でこれが、あきらめずに、忍耐をもって、信じて祈っていくことだと示されました。その時の元気な笑顔は、まるで、主の栄光に包まれたもののようでした。

「しかし、主を求める者は 良いものに何一つ欠けることがない。」(10節抜粋)

 

 ハレルヤ。主の御名をほめたたえます。今日の御言葉を感謝します。どんな時にも、あきらめずに、忍耐をもって、信じて祈り通していくことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン 


 
 
 

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