top of page

2025年6月5日 詩篇第31篇

  • hccnichigo
  • 2025年6月5日
  • 読了時間: 2分

「私の霊をあなたの御手にゆだねます。」5節


「私の時は御手の中にあります。」15節


 詩篇31篇は、ダビデが苦難の中にいるが、過去において神が助けてくださった。そして、神が共にいてくださるならどんな人も敵対できないことを体験してきました。又、その神はこれからも救ってくださると語っています。


 私たちにも言えることだと思います。過去を振り返ってみた時に、いろんな困難な道を歩いてきましたが、イエス様によってその困難な道から抜けださせてくださいました。これからもいろんな困難に遭遇するかもしれませんが、主はそれからも必ず乗り越えさせてくださることを信じていきたいと思わされるところです。


 5節の御言葉はイエス様が十字架の苦しみの中で最後に言われたことばで、ルカの福音書23:46でも言われています。イエス様こそがこの詩篇の作者の苦しみを味わった方だと解釈者は語っています。


「父よ、わたしの霊をあなたの御手にゆだねます。」


 これは、自分のすべてを神のお取り扱いにまかせてしまうことであると言われています。ダビデは自分の苦しみは、主がすべてを知っておられるという確信を持っていたから、又、主への信頼があったから自分の時を主に委ねることができたといわれています。私たちの苦しみは神のご計画の中にあり、その苦しみの後に神の救いの時があるということを信じていくことは大切です。


 神に信頼して委ねる。

なにかをしようとする時には心がおどらされます。しかし、すべてがうまくいく保障はありません。なぜなら、すべてのことは主の御手の中にあります。私たちができることは、たとえ順風満帆の時でなくとも、ただ、主なる神に信頼して委ねていくことだと思います。



 全知全能の父なる神さま。

あなたの御名をほめたたえます。今日の御言葉を心から感謝します。

私たちの歩む道はすべてあなたの御手の中にあります。そのことを覚えて日々過ごすことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年2月6日 イザヤ書58章

「精一杯大声で叫べ。角笛のように声をあげよ。わたしの民に彼らの背きを、ヤコブの家にその罪を告げよ。このわたしを、彼らは日ごとに求め、わたしの道を知ることを望んでいる。義を行い、神の定めを捨てたことのない国のように、彼らは正しいさばきをわたしに求め、神に近づくことを望んでいる。『なぜあなたは、私たちが断食したのに、ご覧にならず、自らを戒めたのに、認めてくださらないのですか。』 見よ。あなたがたは断食

 
 
 
2025年12月30日 イザヤ書20章

『アッシリア帝国』  ハワイで暮らしていますと、日本での師走の雰囲気は全く感じられませんね。でも今年はNHKを自宅のTVで見れるので、紅白歌合戦などをしばらくぶりに見ようとしていますが、みなさんは、2025年を振り返って、いかがでしたか? 来年の抱負は、どのような希望がありますか?   さて、この20章の背景は、恐らく紀元前711年頃 ユダ王国のヒゼキア時代に、パレスチナのペリシテ都市アシュドドが

 
 
 
2025年12月29日 イザヤ書19章

『エジプトへの宣告』  いよいよ、AD(アノ・ドミノ 主の年)2025年が終わり新しい一年を迎えようとしていますが、どのような年になるのか。楽しみでもありますが、同時に不安も混ざった年のように思います。  さて、この19章にある、エジプトの歴史をほどくと、確かにイザヤの時代、紀元前7世紀頃では、書かれている通りに、エジプト内部の権力争いが激しかったので、外国勢力である、クシュ人、アッシリアの介入が

 
 
 

コメント


bottom of page