top of page

2025年6月15日 詩篇第41篇

  • hccnichigo
  • 6月15日
  • 読了時間: 2分

 詩篇41篇は第一巻をしめくくる歌となっています。

1節から3節の御言葉は、苦難のなかにおられる人のためへの祈る人への幸いが歌われています。

「幸いなことよ

弱っている者に心を配る人は。

わざわいの日に 主はその人を助け出される。」1節


 弱っている者に心を配ることができる人というのはそれほど多くはいないと思います。なぜなら、病気の弱さを経験したことがないとわからないからです。その道を通ってこられた人は哀れみ深く弱っている人に心を配ることができると思います。しかし、経験があるなしに関わらず、私たちはイエス様の十字架の愛を知っているから弱っている者に心を配ることができると思います。


 私も愛する子と彼女の弱さのなかを共に歩いて来た一人です。実際に弱って、苦しみのなかにあったのは娘でした。何度も何度も病院に搬送されて、ICUに入れられて、これでもかと思うような痛みと苦しみのなかを通ってきました。娘が弱っている時に教会の兄弟姉妹たちは、教会初めての連鎖祈祷をしてくださり心から感謝の気持ちで一杯になりました。そして、娘と泣きながら頑張っていこうねと言ったことがまるで昨日のように思われます。その弱さを通して、娘はイエス様を受け入れることができました。主は、娘に10年の命をあたえてくださいました。このことを通して、私は、祈ってくださった方々に、主は、彼らがわざわいの日にきっと助け出されると信じています。

 

 愛する天の父なる神さま。私たちクリスチャンが、弱っている者へのあわれみ深い心をもって、祈り、支えていくことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。


 
 
 

最新記事

すべて表示
2025年12月13日 イザヤ書3章

昔の自分を思い返すと、イザヤ書3章に出てくる「シオンの娘たち」と重なる部分があると感じます。外側の華やかさや、人からどう見られるかということに心が向いていて、流行や見た目に影響されていた時期がありました。その内側で満たされない思いや、神さまとの関係の大切さには気づけていなかったのだと思います。  イザヤ書の中のシオンの娘たちも、外側の飾りや自由な振る舞いによって満たされると思っていたのでしょう。し

 
 
 
2025年12月12日 イザヤ書2章

イザヤ2章が書かれたこの時代、イスラエルは南北に分かれて、偶像礼拝が蔓延っていた。南ユダに仕えた祭司イザヤが神様から預かった言葉を民に伝えている。  昔日本で、初めて電車に乗った頃、「上り線」は東京に向かう方向、そして「下り線」は東京から離れて行く方向だと学んだ。このオアフ島では上りや下りはないが、ダイヤモンドヘッド側(東)なのかエヴァ側(西)なのか、そしてマウカ(山側)なのかマカイ(海側)なのか

 
 
 
2025年12月11日 イザヤ書1章

「天よ、聞け。地も耳を傾けよ。  主が語られるからだ。 『子どもたちはわたしが育てて、大きくした。  しかし、彼らはわたしに背いた。  牛はその飼い主を、  ろばは持ち主の飼い葉桶を知っている。  しかし、イスラエルは知らない。  わたしの民は悟らない。』」2節~3節  旧約聖書で最も有名な大預言者と言われているイザヤは、アモツの子で、貴族の家に育ち、社会的にも勢力を持つことのできる地位にあり、ウ

 
 
 

コメント


bottom of page