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2025年5月22日 詩篇第17篇

  • hccnichigo
  • 2025年5月22日
  • 読了時間: 2分

 詩篇17篇はダビデがサウル王から追われていた時に作ったものだと言われています。


 ダビデは1節から5節まで自分が正しく歩いてきたことを強く訴えています。神が自分を炉で試されたが、何も見つからなかったとか、又、主の唇のことばに従い、無法者が行く道を避けてきたと、それだけ自分は正しい道を貫いてきたということを述べています。


 しかしそんなダビデでも、神への訴えから呼び求めに変わっています。それは、どんなに正しく歩いてきてもサウル王や自分の息子、家来たちから命をねらわれるということです。そのような時に、ダビデは人の力に拠り頼むことをしませんでした。ダビデのすばらしいところは、ただ主なる神だけが自分を救ってくださるお方だと強く確信していたのです。ダビデは自分が弱いときに、主が守ってくださると信じていたのです。


「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである。」コリント人への手紙 第二12:9(抜粋)


「あなたの右の手で 奇しい恵みをお示しください。」7節(抜粋)


 7節の「右の手」というのに目が留まりました。聖書のなかで「右」というのがよくでてきます。調べてみると、「右」は神の権能、神の不思議で神秘的な力、全知全能の神を象徴すると言われているそうです。聖書は言います。右の座は、全能の救世主、人を救う神の座する場所が「右の座」であると言われているそうです。使徒信条のなかでも述べられています。


「全能の父なる神の右に座したまえり、

 かしこより来たりて、生ける者と死にたる者とを審きたまわん。」使徒信条


「私の義の右の手で、あなたを守る。」イザヤ書41:10(抜粋)


 イエス・キリストは、神の右の座におられて今も私たちのために執り成して下さっておられます。このイエスさまの天上での執り成しがあるから私たちは大胆に祈ることができるのです。 



 愛する天の父なる神さま。今も、イエスさまが、あなたの右の座におられて私たちの為に執り成してくださっておられることを心から感謝します。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

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