2025年4月3日 ヨブ記30章
- hccnichigo
- 4月3日
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ヨブは、29章では過ぎし日の順風満帆の暮らしにもどれたらいいのにと語っていたが、30章では現実の自分に降りかかった災難、病気になったために、助けてやった人の子供たちからも蔑まれて、「しかし今は、」と現状を語っているのである。現代風にいうと、まるで「金の切れ目が縁の切れ目」になって、みんな去っていく状況であります。
それが私たちの姿でもあるのではないでしょうか。果たして、今ある私たちの親しい友達がヨブのように窮地においつめられ、病気になった自分にどれだけ寄り添ってくれる人がいるだろうか、また、その逆に、自分がどれだけ友のために寄り添ってあげることができるかが問われるところです。
しかし、ヨブはそれでも答えのない神に叫んでいます。だが、20節~23では、神はヨブの敵となったと述べています。
「私があなたに向かって叫んでも、あなたはお答えになりません。私が立っていて
も、あなたは私に目を留めてくださいません。あなたは、私にとって残酷な方に変わり、御手の力で、私を攻めたてられます。あなたは私を吹き上げて風に乗せ、すぐれた知性で、私を翻弄されます。私は知っています。あなたが私を死に帰らせることを。すべての生き物が集まる家に。」20節~23節
ヨブの神に対する叫びは、神がヨブの敵、ヨブを苦しめ、殺す者になられたと語っている。それもみな神の沈黙のゆえにヨブの心が苛立ち絶望のゆえに起こったことではないでしょうか。ヨブの一方通行、つまり神の応答のないことはどれだけ彼をどん底に落とし入れられたことでしょうか。神から、友から、妻から見放された彼の状況がイエスさまと重なった思いがします。このような時に私たちだったらどういうふうな応答ができるのかと考えさせられます。
主の御名を心から賛美します。
ヨブの苦しみ、神からの応答がない日々を悶々と痛みと屈辱の中にある彼の叫びが心に響いてきました。もし、私たちがヨブのような境遇に面したときには、思いきりあなたに叫び続けます。その時は、どうぞ答えてください。あなたが私たちの叫びを聞かれておられることを信じてすべてを御手の中にお委ねいたします。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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