2025年3月3日 コリント人への手紙第二12章
- hccnichigo
- 3月3日
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『真の信徒とは』
パウロは愛するコリント教会の信徒へ、問題の多い教会でパウロ自身の権威を疑ったり、色々な異端の考えを持つ者が入ってきて、混乱している信徒たちに続けて語りかけています。そしてこれは現代の我々、コリント時代以上に異端の考え方がはびこる今の時代の信徒にも語りかけているのではないでしょうか。コリント教会には、パウロは本当の使徒ではない、主イエスの12弟子ではなかったからだと、今でいえば牧師の資質を疑って別の方向に引っ張ろうとする群れもいたようです。
そのような反対者たちに惑わされないように、パウロは自分が受けた啓示を説明しています。 ひとつは自分自身にある肉体のとげ、これがなんだったのか学者の意見が分かれていますが、明らかに人が見ても問題がある身体の欠陥があったのでしょう。しかしこれも、他の人を癒したりできるのに、自分自身のこのとげは、高慢にならないように、与えられているのだと弁明しています。そして彼自身の体験としか思われない体験、パウロは仮死状態だったのか、第三の天、パラダイスに引き上げられ、そこの様子を見て知っていると言うのです。これまで、人が死んで天国に行ってその様子を見てから、もどってきた人はいませんが、パウロはこのパラダイスを知っているが人間には語る事が許されていないことばを聞いてきたと宣言しています。おそらく、この事が起こったのは、石打ちの刑にあった時、それhが使徒の働き14章19節の事件の時にパウロはパラダイスに上ったのではないかと言われています。
「ところが、アンティオキアとイコニアからユダヤ人たちがやって来て群衆を抱き込み、パウロを石打ちにした。彼らはパウロが死んだものと思って、町の外に引きずり出した。」この石打ちの刑は、残酷なもので、町の群衆を含めた大勢が石を投げつけたのですから、パウロがこの時点で実際に亡くなって天に上ったとしても、おかしくありません。当然、皆は彼が死んだと思ったのでしょう。しかし、町の外に引きずり出されたパウロを弟子達が囲んでいると、パウロは立ち上がって、なんと、また石打ちされた町に入って行ったというのです。よみがえりを経験したのでしょう。この時にパラダイスに昇ったのではないでしょうか。
そして、そのような経験を基に、有名な10節があるのです。「ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにころ、私は強いからです。」なんというパウロの証しでしょう。死に至るまでの迫害を受け、第三の天に上ってから、帰ってきた、これはすべてキリストのためであった、それが私 パウロの真の信徒である啓示であると言っています。
19節「あなたがたは、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと、前からずっと思っていましたか。私は神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する者たち、すべてはあなたがたが成長するためなのです。」
祈り
パウロのコリント教会への愛、現代の問題多き教会への力強いメッセージに感謝いたします。どうか私たちもキリストのゆえに弱い時に、もっとも強い者となることができますように。 アーメン
文:森 宗孝
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