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2025年3月22日 ヨブ記18章

  • hccnichigo
  • 3月22日
  • 読了時間: 2分

 18章は「シュアハ人ビルダデが答えた。」で始まる。

 ビルダデはサタンによる様々な人間の行いをヨブに述べているように思える。


 ヨブは義人であった。なのに財産や家族もなくす、という因果応報とは程遠い仕打ちに遭う。

 なぜ義人に悪いことばかり起こるのだろう。

 

 「因果応報」とは、良いことには良い報い、悪い行いには悪い報いあるという考え方を意味する。


 ヨブの友人達はどこか気が付かなかった所で罪があったのではないかと断罪する。罪の覚えのないヨブが神様に潔白を訴える姿は、親の機嫌をそこねた子供が泣きじゃくり袖を掴んで必死に親に潔白をわかってくれるよう懇願しているようにも思える。


 「なぜ、こんなことが起こるの」「どうしてこんなことが私の身に起こるの」と言った質問には答えがない時があると、牧師先生が仰った。

 こういうことが起こるに際し、神様の意図はなんだろうと考えると見方がかわる時もある、と付け加えられた。


 何章かに渡って嘆きを訴えるヨブであるが、ここでは、いかに真剣にありのままを神様にぶつけているかが焦点ではなかろうか、と考える。


祈り:

 天の父なる神様、イエス様の十字架で、私をあなたの子供として下さったことに感謝します。心の内をヨブのように全て余すことなくぶつけられるのは子供としての特権です。感謝します。今日も語りかけて下さい、導いて下さい。主イエス・キリストの御名により祈ります。アーメン

文: マッカーター政子


 
 
 

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