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2025年3月22日 エレミヤ書14章

  • hccnichigo
  • 3月22日
  • 読了時間: 2分

「国々の空しい神々の中に、大雨を降らせる者がいるでしょうか。私たちの神、主よ、それは、あなたではありませんか。私たちはあなたを待ち望みます。あなたが‘、これらすべてをなさるからです。」22節


 今、ハワイは珍しく豪雨と強風の中にある。雨が朝から夜中まで一日中降り続くことはそう滅多にあることではない。この恵みの雨を降らせてくださるのは、主なる神だけである。昨年は雨が降らずに、ハイウエイの道端の草は茶褐色で覆われていて、はるか遠くの山の木々を見渡せば枯れた大木が生い茂っていて、車の中で天の父なる神さまに祈ったのを覚えている。しかし、最近の草、木々はたくさんの恵みの雨のおかげで緑鮮やかな一色で埋もれている。今度は、雨が止むことを知らずに各地で停電や災害が起こっている。これも、皆、主なる神がなされることである。「もう十分なる大地を潤す雨をいただいていますので、雨を降らせるのを止めて下さい。」と祈るのだろうかと思うこの頃であります。


 厳しい主の警告がエレミヤに下される。しかし、エレミヤもイスラエルの民のために必死になって神に憐みを求めて祈ります。

「あなたはユダを全く退けられたのですか、あなたはシオンを嫌われたのですか。なぜ、あなたは私たちを打ち、癒やしてくださらないのですか。私たちが平安を待ち望んでも、幸いはなく、癒しの時を待ち望んでも、ご覧ください、恐怖しかありません。」19節


 主が「この民のために幸を祈ってはならない。」とエレミヤに言っているのに、彼はそれでも主に祈ります。なぜなら、雨を降らせることやすべてのことができるのはただ主なる神以外の誰でもないからであるということをエレミヤは知っていたからです。私たちも、私たちの周りのすべてのものを成し得ることのできるお方はただ神のみであるということを知ることは大事なことであります。


 天の父なる神様。エレミヤの勇気ある神への熱き祈りがとても心に響いてきました。私たちクリスチャンもエレミヤのようにあなたへ、他者のために心からあなたの憐みによりすがって祈ることができますように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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