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2025年10月3日 Ⅰテサロニケ人への手紙1章

  • hccnichigo
  • 2025年10月3日
  • 読了時間: 3分

「パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神と主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたのありますように。私たちは、あなたがたのことを覚えて祈るとき、あなたがたすべてについて、いつも神に感謝しています。私たちの父である神の御前に、あなたがたの信仰から出た働きと、愛から生まれた労苦、私たちの主イエス・キリストに対する望みに支えられた忍耐を、絶えず思い起こしているからです。神に愛されている兄弟たち。私たちは、あなたがたが神に選ばれていることを知っています。私たちの福音は、ことばだけでなく、力と聖霊と強い確信を伴って、あなたがたの間に届いたからです。あなたがたのところで、私たちがあなたがたのためにどのように行動していたかは、あなたがたが知っているとおりです。あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちに、そして主に倣う者になりました。その結果、あなたがたは、マケドニアとアカイアにいるすべての信者の模範になったのです。主のことばがあなたがたのところから出て、マケドニアとアカイアに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰が、あらゆる場所に伝わっています。そのため、私たちは何も言う必要がありません。人々自身が私たちのことを知らせています。私たちがどのようにあなたがたに受け入れてもらったか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを、知らせているのです。この御子こそ、神が死者の中からよみがえらせた方、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスです。」


 この教会は、新しく生まれたばかりの教会ですが、周辺地域に影響を与えるほどの力強い証しを立てていました。信徒たちの「迫害下における喜びの信仰」が、周辺地域の人々の心を動かしたのだろうと思います。パウロは、彼らの実生活にその理由があるとしました。それは、「信仰から出た働きと、愛から生まれた労苦、私たちの主イエス・キリストに対する望みに支えられた忍耐」です。パウロの神学において、キリスト者の生活の中心は「信仰」「愛」「希望」です。そしてこれらは、行動が伴うことを強調しています。 「信仰から出た働き」とは、主イエスの教えの実践です。祈ること、困っている人を助けるなど、またそれぞれの場所において誠実に働くことなども含まれます。「愛から生まれた労苦」とは、家族や教会、また地域のために仕える姿勢です。「主イエス・キリストに対する望みに支えられた忍耐」とは、「最後は主が勝利される」という希望によって耐える力です。


 パウロはテサロニケの教会にたいして「信仰・愛・希望に生きる教会の模範」としていつも神に感謝していました。私も福音を伝えるため、また教会を支えるために奉仕してくださっているお一人お一人に感謝の祈りをささげたいと思います。

文:アイゾン直子



祈り:愛する天のお父さま。多くの兄弟姉妹の働きによって、あなたの福音が宣べ伝えられています。そのお一人お一人に感謝をいたします。どうぞ、あなたのために労苦されておられる方々に、あなたの恵みと祝福が豊かに注がれますように。主イエス・キリストの御名によって感謝して祈ります。アーメン


 
 
 

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