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2025年1月8日 エズラ記7章

  • hccnichigo
  • 1月8日
  • 読了時間: 2分

「すなわち、あなたの神の律法を知っているすべての者を裁かせよ。またあなたがたは、これを知らない者に教えよ。」(25)


 エズラは学者でした。神は、エズラを選び、神の律法の復興を命じたのです。バビロン捕囚から帰還した民に対して、神の律法を教えるという重要な任務を任されたのです。

 

 二度と神の律法を破って、捕囚という神の裁きを受けることがないために、いえ、もっと積極的に、この復興した街において幸せに平和に、祝福の内を歩むために、さらには、アブラハムに約束された全世界の祝福の基となるために、神の律法を守っていこうという決心を新たにしたのです。

 

 このエズラが、イエスの時代のパリサイ人、律法学者に元祖だと言われています。良い志から始まった律法復興運動が、年月を経るなかで形骸化してしまったのです。これは残念なことですが、人間の弱さです。


 今や神の律法は、石の板ではなく、主を信じる者の心に刻まれています。それは、内なる御霊です。聖霊なる神が私たちの内に宿り、私たちが神の律法に歩むことができるように助けてくださるのです。

 そして神の律法とは、神を愛し、自分を愛するように隣人を愛することです。私たちは、愛するために生かされているのです。

 内住の聖霊の力をいただいて、いよいよ神を愛し、隣人を愛する者とさせていただきたいと心から願います。



 天の父なる神さま

  私たちは、律法を間違って扱い、律法主義というものを造り出してしまうような弱い人間です。どうぞあわれんでください。内なる聖霊が、私たちが神を愛し、隣人を愛することできるように、あなたの律法を守り行うことができるように助けてください。

  

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン                                              文:関真士


 
 
 

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