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2024年6月18日 サムエル記第二3章

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『王座争い』


 イスラエルの民は私たちに王を与えて下さいと願った時に、主はサムエルを通じて、あなたがたが自分たちのために選んだ王のゆえに泣き叫んでも、その日、主はあなたがたがに答えはしない。なぜなら民がわたしを王として彼らを治めることを拒んだのだから。 と第一サムエル記8章18節で記されていますが、この章第二サムエル3章では、1節(王座を狙って)「サウルの家とダビデの家の間には、長く戦いが続いた。ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった。」と記されています。預言の通りにイスラエルの民は、人間の王の権力争いのために泣き叫ぶことになります。


 王座をなぜ欲しがるのか。全ての事を決定出来る権力の座には、麻薬のような魅力があり男どもは争って、しのぎを削って求めたくなるものなのです。一旦王座を手に入れると、その力を保ちたいという肉の欲に囚われてゆくのです。ダビデも王として安泰した時から、脱落が始まっていますし、その息子ソロモンも栄華を極めた時から、偶像礼拝、浪費が侵入してきてしまいます。


 やがて、サウルの軍の長であったアブネルは、ますます優勢になってゆく12部族の中の、一つであるユダ族の王であるダビデに対して、他の11部族をまとめて、ダビデを王とする提案をしにダビデ王の住むヘブロンにやって来ました。


21節「アブネルはダビデに言った。「私は、全イスラエルをわが主、王のもとに集めに出かけます。彼らがあなたと契約を結び、あなたが、お望みどおりに王として収められるように致しましょう。」ダビデはアブネルを送り出し、アブネルは安心して出て行った。」


 アブネルは、世の動静を読み、戦いの流れがダビデ王になびいている事を理解した上での決断だったのか、ダビデ王に仕えて勢力を得ようと考えたのか、理由は明らかではありませんが、ダビデに従う決心をしたのは間違いありません。しかしここで、ダビデの従姉妹のツェルヤの子ヨアブ軍団長は、弟を殺された事を恨みに、アブネルを暗殺してしまうのです。骨肉の恨みでの殺人でした。


39節「この私は油注がれた王であるが、今日の私は無力だ。ツェルヤの子であるこれらの者たちは、私にとっては手ごわすぎる。主が、悪を行う者に、その悪にしたがって報いてくださるように」 王座争いには血肉の戦いがあるのです。


祈り

 どうか本当の君主であり、全てを公平に愛し、裁く方でおられる主イエス・キリストが

私達の王となり、再臨されますように! 本当の平和は王なる主が来られた時に完成する事を信じて、再び主が来られる事を待ち望みます。 アーメン

文:森 宗孝


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